ステアリングを切る角度は、人生の選択に似ている。
ほんの少し切れば、クルマは素直に曲がる。
けれど深く切った瞬間、荷重は外へ逃げて、タイヤは一度だけ黙る。
その沈黙が、スピンという結末を連れてくることもある。
楽な道は、いつだって用意されている。
でも、本当に欲しい景色は、たいてい難しい側にしかない。
その“難しい側”へ、あえて舵を切る人がいる。
ハンドルネームは、亞北(あきた)さん。
彼のガレージにあるのは、マツダ RX-8(後期型)。
ロータリーエンジン――いまの時代に「非効率」と言われがちな、あの心臓を積んだクルマだ。
ターボでもない。
ダウンサイジングでもない。
モーターアシストすら持たない。
燃費は良くない。
トルクも太くない。
セッティングはシビアで、扱いは決して簡単じゃない。
正直に言えば、
「もっと楽に速くなれるクルマ」は、他にいくらでもある。
それでも亞北さんは、RX-8を選んだ。
いや、「選んだ」というより――離れられなかった、の方が近い。

彼がRX-8を語るとき、言葉の端々に“体温”が乗る。
たとえば、朝イチの始動。
まだ冷えた空気の中で、セルが回って、ロータリーが目を覚ます瞬間。
そのときの音は、派手じゃない。
でも、胸の奥をノックしてくる。
「今日も一緒に走れる」
その感覚が、たまらないのだと思う。
RX-8は、簡単なクルマじゃない。
むしろ手がかかる。気難しい。時に、すねる。
だけど亞北さんは、そこに価値を見ている。
手がかかるということは、
対話の余地があるということだ。
乗り手の雑さには、雑さで返す。
丁寧さには、丁寧さで応える。
正直すぎるほど正直なクルマ。
だから彼は、RX-8を“攻略”しようとしているんじゃない。
理解しようとしている。
理由は、シンプルだ。
「ロータリーで、一番になりたい」
ただそれだけ。
でも、その“だけ”が、途方もなく重い。
なぜならRX-8は、
速さをごまかせないクルマだからだ。

アクセルを踏めば速くなる?
パワーを上げればタイムが出る?
そんな単純な話は、RX-8には通用しない。
回し方。
荷重の乗せ方。
ブレーキの抜き方。
そして、クルマとの対話。
すべてが噛み合わなければ、RX-8は決して本気の顔を見せてくれない。
でも噛み合った瞬間――あの回転の伸びが、確信に変わる。
「ここから先は、俺たちの領域だ」って。
だからこそ、改造にも一貫した思想が必要になる。
「とりあえず付ける」
「流行っているから選ぶ」
「SNSで映えるから」
そんな理由で組んだRX-8は、例外なくどこかで破綻する。
ロータリーは、嘘が嫌いだ。
亞北さんはそれを、痛いほど知っている。
だから彼は、改造を“装飾”にしない。
このRX-8に込められたテーマは、最初から明確だった。
見せるためじゃない。
速くなるために、組む。
サーキットで拍手をもらうためでも、イベントで注目を浴びるためでもない。
ただ、タイムボードに刻まれる数字のために。
数字は冷たい。
でも、その冷たさがあるからこそ、熱くなれる。

目標ははっきりしている。
TSタカタサーキット 57秒台。
RX-8で、ナンバーワンを取る。
簡単な挑戦じゃない。
むしろ、多くの人が「無理だ」と笑う目標だ。
でも――
だからこそ、ロータリーでやる意味がある。
“簡単な勝利”は、誰の記憶にも残らない。
難しい勝利だけが、心に傷跡みたいに残って、次の一歩を生む。
外装も、足回りも、駆動系も。
このRX-8のすべての“選択”には、一本の軸が通っている。
それが、レッグモータースポーツという答えだ。
デモカーと同じ思想。
デモカーと同じ方向性。
コピーではない。憧れでもない。
「速くなるための最短距離」を、信じて選び切った結果。
RX-8は、簡単なクルマじゃない。
だからこそ、面白い。
だからこそ、突き詰める価値がある。
ロータリーという個性を、いまの時代に、真正面から戦わせる。
亞北さんの青いRX-8は――
“今日も好きでいるために”、タイムアタックという舞台に立つ。
青いRX-8の挑戦は、
ここから本当に走り出す。
レッグモータースポーツという「思想」を選ぶという決断

RX-8を速くする。
言葉にすれば簡単だ。けれど、実際は途方もなく難しい。
なぜならこのクルマは、パーツ単体の良し悪しでは速くならないからだ。
エンジン、足回り、ボディ、空力。
どれか一つでも考え方がズレれば、クルマはすぐにバランスを崩す。
そしてRX-8は、そのズレを“優しさ”で隠してくれない。
ラップタイムという現実で、はっきりと突き返してくる。
亞北さんがすごいのは、そこを最初から分かっていたことだ。
「速くしたい」
この一言の中には、誘惑が山ほどある。
あれも良さそう。
こっちの方が安い。
有名だから間違いない。
“このパーツを入れたら、きっと変わる”
でもRX-8に限って言えば、
その「きっと」は、わりと簡単に裏切ってくる。
だから亞北さんは、選択肢を増やさなかった。
代わりに選んだのが、レッグモータースポーツという答えだ。
レッグのデモカーと同じ思想。
同じ方向性。
同じ“速くなるための文法”。
それはコピーじゃない。
憧れでもない。
「RX-8を速くするには、まず軸を一本にする」
その当たり前を、当たり前のままやり切る強さだ。
デモカーというのは、飾りじゃない。

数字を出すために作られ、
失敗と修正を何度も繰り返し、
最後に残った「答え」だけが積み重なっている。
つまり、時間と犠牲の塊だ。
亞北さんはそこに、近道を見た。
いや、正確には――遠回りをやめる決断を見た。
面白いのは、ここから先だ。
彼は“レッグで揃える”ことを、単なる統一感にしていない。
自分のRX-8を、ただの模倣にもしない。
レッグの思想を、
自分の走りに翻訳していくための土台にしている。
つまり――
速さのためだけじゃない。
RX-8を好きでい続けるための、迷いの排除なんだ。
RX-8は、手をかけた分だけ応えてくれる。
でも同時に、迷った分だけ、遠ざかる。
だから亞北さんは、まず迷いを消した。
そのための「レッグ」という一本の軸。
そして次にやることは明確だ。
外装は、見せるためではなく仕事をさせる。
足回りは、考えなくていい状態を作る。
ここから先は、
パーツの話に見えて、実は“信じ方”の話になる。
外装は語らない。ただ、仕事をする

亞北さんのRX-8を前にして、最初に感じるのは「静かさ」だ。
派手じゃない。
威圧感もない。
いわゆる“映える”要素は、意識的に削ぎ落とされている。
でも、それは控えめという意味じゃない。
余計なことを、何ひとつ喋っていないだけだ。
フロント、サイド、リア。
外装はほぼレッグモータースポーツの思想で統一されている。
どのパーツも、主張しすぎない。
「どうだ」と言わない。
ただ、走るときに必要な仕事だけを、黙々とこなす。
イベント会場で見れば、
「もう少し派手でもいいんじゃない?」
そんな声が聞こえてきそうだ。
でも、亞北さんは分かっている。
RX-8は、
止まっているときより、動いているときに評価されるクルマだということを。
この外装は、カメラの前に立つための服じゃない。
サーキットで、
フルブレーキを踏み、
ターンインし、
立ち上がりでアクセルを開ける。
その一連の動きの中で、
「余計な不安を出さない」ために存在している。
唯一、異質とも言える存在がある。

リアバンパー下に装着された、RE雨宮のコーテック・ジェネレーターだ。
これも見た目のためじゃない。
高速域でのリアの落ち着き。
ブレーキング時に感じる、ほんの一瞬の安定。
数字には出にくい。
でも、その「出にくい部分」が、
ラップの後半で効いてくる。
怖さが減る。
怖さが減れば、操作が揃う。
そして、GTウイング。
亞北さんは、その効果を体で覚えている。
「ウイング無しでタカタを走ったとき、
リアが安定しなくて、どっちに振られて刺さるか分からなかった」
この一言に、すべてが詰まっている。
ウイングは、速く見せるための飾りじゃない。

勇気を与えるパーツでもない。
恐怖を減らすための装置だ。
踏める。
待てる。
我慢できる。
それは、ドライバーの腕じゃない。
クルマが許してくれるかどうかの話だ。
空力が整うことで、
RX-8は「まだいける」と教えてくれる。
速さは、アクセルの奥にあるんじゃない。
安心の奥に、そっと置いてある。
亞北さんのRX-8の外装は、
自己主張をしない。
でもその代わり、
サーキットでは嘘をつかない。
語らない外装。
ただ、仕事をする外装。
それは、RX-8というクルマへの、
いちばん誠実な愛情表現なのかもしれない。
足回りは「考えなくていい状態」を作るためにある

速いクルマって、何だろう。
馬力がある?
タイヤが太い?
サスが固い?
どれも正解で、どれも不正解だ。
僕が思うに、速いクルマの条件はひとつ。
ドライバーの頭の中を、静かにできること。
亞北さんのRX-8は、まさにそこを狙っている。
足回りは、レッグモータースポーツのアタックパッケージ。
車高調もレッグに依頼し、デモカーと同じ仕様を装着している。
ここが、いちばん“愛”が出るポイントかもしれない。
なぜなら普通は、ここで言いたくなるからだ。
「自分好みにしたい」
「もう少し柔らかく」
「もう少し固く」
「減衰はこうで、バネはこうで…」
でも亞北さんは、一度それを飲み込んだ。
理由は単純だ。
RX-8は、“好み”で触ると、必ずどこかで裏切る。
それは車両が悪いんじゃない。
ロータリーという構造が、そうさせる。
前後バランス。
荷重の移動。
ブレーキからターンイン、そして立ち上がり。
その流れが少しでも崩れると、RX-8は途端に“難しい顔”になる。
だから最初に必要なのは、好みじゃない。
基準だ。
基準があると、何が起きるか。
「今日は路面がこう」
「気温がこう」
「空気圧がこう」
そのときに初めて、クルマの変化が“読み取れる”ようになる。
逆に言えば、基準がなければ、変化はただのノイズだ。
不安が増え、操作が散り、ラップが散る。
足回りの目的は、そこじゃない。
足回りの目的は、
迷いを減らして、操作を揃えること。
補強は必要最低限に留めている。
フロントにはAutoExeのタワーバー。
リアにはAutoExeのパワーブレース(リアのみ)。
ガチガチに固めない。
でも、曖昧にもさせない。
このバランスが、RX-8らしい。
硬ければいいわけじゃない。
柔らかければ楽なわけでもない。
クルマの声が、ドライバーに届く状態。
その声を、ちゃんと聞ける状態。
亞北さんは、その“会話ができる硬さ”を選んでいる。
RX-8は、足で走るクルマじゃない。
全身でバランスを取るクルマだ。

ステアリングを切った瞬間の荷重。
ブレーキを抜く速度。
アクセルを開ける角度。
全部がつながって、ひとつのラップになる。
だから足回りは、「主張しない」ことが正解になる。
考えなくていい。
疑わなくていい。
ただ、信じて踏める。
その状態を作るために、
亞北さんはレッグモータースポーツという思想を、迷わず選んだ。
愛って、派手な言葉じゃない。
むしろ、黙って“整える”ことに出る。
足回りを整えるというのは、
RX-8のご機嫌を取ることじゃない。
RX-8と同じリズムで呼吸できるように、自分を整えることだ。
亞北さんの足回りは、まさにそれを狙っている。
ホイールとタイヤは、速さへの“答え合わせ”だ

クルマづくりの話になると、
どうしてもホイールは「見た目」の話になりがちだ。
色がどうとか、スポークがどうとか、
履いたときの雰囲気がどうとか。
もちろん、それもクルマの楽しみ方のひとつだ。
でも、亞北さんのRX-8において、
ホイールは“語るためのパーツ”じゃない。
速さを確認するための道具だ。
選ばれたホイールは、WedsSport TC105X。
軽い。
剛性が高い。
サーキットで実績がある。
理由はいくらでも並べられる。
でも、亞北さんがこのホイールを選んだ理由は、
もっとシンプルで、もっと“RX-8愛”に近い。
「レッグのデモカーが、同じホイールを履いているから」
この一言に、すべてが詰まっている。
それは思考停止じゃない。
信頼の委譲だ。
自分よりも速く、
自分よりも多くの失敗を重ね、
自分よりも多くのデータを持っている存在。
そこに一度、身を委ねる。
それはRX-8を“諦める”行為じゃない。
RX-8を信じ切るための準備だ。
RX-8は、迷いに敏感なクルマだ。
「このホイールで合ってるのか?」
「別の銘柄の方が良かったんじゃないか?」
その疑問は、走りに必ず出る。
ブレーキングが一瞬遅れ、
ターンインが一瞬浅くなり、
立ち上がりで一瞬アクセルを戻す。
その“一瞬”が、ラップを削る。
だから亞北さんは、
ホイール選びで迷わない。
「答えが出ているものを、素直に使う」
それがいちばん速いと、知っているからだ。
そして、そのホイールに組み合わされるのが、シバタイヤ R23R。
今やタイムアタックの現場では、
決して珍しい存在じゃなくなった。
グリップ性能。
ライフ。
コスト。
すべてを天秤にかけたとき、
「走り続けられる」という一点で、R23Rは強い。
RX-8は、乗れば乗るほど分かるクルマだ。
一発のアタックより、
何本も走って、
何度も失敗して、
少しずつラインを詰めていく。
その過程そのものが、RX-8との対話になる。
だから亞北さんは、
走行回数を削らない選択をしている。
タイヤは、最後に路面と会話する存在だ。
どんなにエンジンを仕上げても、
どんなに足回りを詰めても、
路面と噛み合わなければ、タイムは出ない。
そしてその“噛み合い”は、
一瞬で作れるものじゃない。
走って、感じて、外して、考えて、
もう一度走る。
その積み重ねを許してくれるタイヤこそ、
RX-8には必要だ。
ホイールとタイヤは、
速さを生むための魔法じゃない。
いまの自分とRX-8が、どこにいるのかを教えてくれる“鏡”だ。
亞北さんは、その鏡を、
できるだけ歪みのないものに揃えた。
だからこそ、
次にやるべきことが、はっきり見えてくる。
駆動系――
ロータリーという個性を、裏切らないための領域へ。
駆動系は、ロータリーを裏切らないためにある

RX-8が「簡単じゃない」と言われる理由はいくつもある。
でも、その中でも特に大きいのが――駆動系だ。
ロータリーエンジンは、
トルクで押し出すタイプじゃない。
回って、回って、
最後に一気に景色を引き寄せる。
つまり、
回転を殺した瞬間に、すべてが終わるエンジンだ。
だから亞北さんは、駆動系に対しても一切の妥協をしなかった。
このRX-8に組まれているクラッチは、HRTモータースポーツ製の軽量フライホイールクラッチ。
軽量フライホイールは、正直に言って扱いが難しい。
レスポンスは良くなる。
回転は鋭く立ち上がる。
でも、そのぶん誤魔化しが効かなくなる。
少し雑に繋げば、
少し気を抜けば、
エンジンはすぐに機嫌を損ねる。
それでも亞北さんは、軽量を選んだ。
理由は、ただひとつ。
ロータリーの回転上昇を、邪魔したくなかったから。
RX-8の美味しいところは、
「ここから先」という領域にある。
その領域へ入るとき、
回転が一瞬でも鈍れば、
リズムが崩れ、ラインが崩れ、ラップが崩れる。
だから彼は、
エンジンの呼吸と、自分の操作を、
できるだけダイレクトにつなげた。
エンジンの美味しい回転域を、
ためらいなく使えるようにする。
それは「速く走るため」だけじゃない。
RX-8を、RX-8らしく走らせるための選択だ。
そして、もうひとつ重要なのがLSD。
選ばれているのは、レッグモータースポーツ製のLSD。
これもまた、派手な効き方はしない。
唐突にロックすることもなければ、
分かりやすく挙動を変えることもない。
でも、必要なときには、確実に仕事をする。
立ち上がりで、
「もう少し踏んでいい」と背中を押してくれる。
RX-8は、立ち上がりで踏めるかどうかが、すべてと言っていい。
踏めない理由は、たいていクルマ側にある。
リアが落ち着かない。
トラクションが信用できない。
どこかで一度、怖い思いをした。
そうなると、人は無意識にアクセルを戻す。
ほんの一瞬。
でも、その一瞬が、
コンマ数秒を、確実に奪っていく。
このRX-8の駆動系は、
その「一瞬」を消すために組まれている。
回していい。
繋いでいい。
踏んでいい。
クルマが、そう言ってくれる状態。
それは、速さのためだけじゃない。
RX-8を信じ切るための準備だ。
ロータリーは、裏切らない。
でも、
雑に扱えば、ちゃんと雑に返してくる。
亞北さんは、それを分かっている。
だからこそ、
駆動系には「妥協」じゃなく、
敬意を込めた。
次に語るのは、
クルマと向き合ううえで、いちばん正直な場所。
内装――
余計なものを削ぎ落とした、その先にある話だ。
内装に、語る美学はない

クルマ好きって、不思議な生き物だ。
メーターにこだわって、
シートにこだわって、
ステアリングの触感にこだわって、
時にはネジ一本の色で夜が更けたりする。
それが楽しい。僕もそうだ。
でも亞北さんのRX-8の内装は、驚くほど静かだ。
派手な装飾がない。
“語りたくなるポイント”が、意図的に少ない。
本人もこう言う。
「内装のこだわりは特にないです」と。
だけど、僕はそこにこそ、いちばん濃い愛を感じる。
なぜなら「こだわらない」って、実は難しいからだ。
余計なものを足すのは簡単。
でも余計なものを足さないのは、もっと難しい。
内装を盛れば盛るほど、
クルマは“作品”になる。
でも亞北さんが欲しいのは、作品じゃない。
武器だ。
視界。
操作性。
集中力。
走るために必要なものは、もう揃っている。
それ以上は、今はいらない。
RX-8は、そういうクルマだ。
ロータリーは、乗り手の雑念を嫌う。
ほんの少しの迷いが、回転の伸びを鈍らせる。
だから内装は、
迷いを増やさないために“整っている”。
たとえばサーキットで、
ブレーキングポイントが一瞬遅れたとき。
「あ、いま何か気になった」
その“気になった”の正体は、
視界の端にある余計な情報だったりする。
内装は、集中を削る。
集中は、タイムの燃料だ。
だから亞北さんは、燃料を減らさない。
こうして見ていくと、
このRX-8に「無駄」はほとんど存在しない。
すべてが、
TSタカタサーキットで、1秒でも速く走るために繋がっている。
そして次に語るべきは、
いよいよ“恐怖”の話だ。
空力と排気。
GTウイングとマフラー。
それらが変えたのは、タイムだけじゃない。
「刺さるかもしれない」という感覚を、どう消していったのか。
ウイングと排気が変えたのは、タイムより“恐怖”だった

速くなるために必要なものは、必ずしも馬力やスペック表の数字じゃない。
むしろ、本当に大事なのは――
ドライバーの中にある“恐怖”を、どれだけ消せるかだ。
亞北さんのRX-8にとって、
GTウイングと排気系は、そのための装置だった。
彼は、ウイング無しの状態でTSタカタサーキットを走っている。
そのとき感じたのは、スピードでも、グリップでもない。
「いつ刺さってもおかしくない」という、背中に張り付くような不安だった。
「リアが安定しなくて、
どっちに振られて刺さるか分からなかった」
この感覚は、走ったことがある人なら分かる。
リアが信用できないクルマほど、
アクセルを踏ませてくれない存在はない。
踏めない理由は、勇気不足じゃない。
クルマが“まだ早い”と言っているだけだ。
GTウイングを装着してから、RX-8の表情は変わった。
高速コーナーの進入で、リアが落ち着く。
ブレーキングで、車体が真っ直ぐ止まる。
立ち上がりで、アクセルを開ける指が迷わなくなる。
タイムが縮むより先に、
「怖くない」という感覚が、はっきりと手に入った。
これは、とても大きい。
人は、怖いクルマでは限界を攻められない。
逆に言えば、
安心できるクルマは、自然と限界を教えてくれる。
GTウイングは、
亞北さんに「踏んでもいい理由」を与えた。
踏める。
待てる。
我慢できる。
それはドライバーの成長じゃない。
クルマが、成長を許してくれた結果だ。
そして、もうひとつ大きいのが排気系だ。
マフラーは、レッグモータースポーツ製。
音量や迫力よりも、
ロータリーが一番気持ちよく回ることを優先した選択。
さらに亞北さんは、触媒後のパイプ径を拡張している。
マフラーと同じ流量になるように調整し、
排気効率を底上げした。
これは、ロータリーを理解していないと出てこない発想だ。
ロータリーは、
吸って、吐いて、回るエンジンだ。
どこか一箇所でも詰まれば、
途端に息苦しくなる。
高回転までスムーズに回る感覚。
シフトアップのタイミング。
回転の伸び。
それらはすべて、
ドライバーのリズムに直結する。
リズムが整えば、操作が揃う。
操作が揃えば、ラップが揃う。
タイムは、あとからついてくる。
GTウイングと排気。
このふたつが変えたのは、
最高速でも、音量でもない。
「いける」という感覚と、
「刺さらない」という確信だ。
それは、RX-8を信じ切るための、最後のピースだった。
そして舞台は、いよいよ“誤魔化しの効かない場所”へ向かう。
TSタカタサーキットは、クルマの本質を暴く

TSタカタサーキットは、優しくない。
逃げ道がない。
言い訳ができない。
ごまかしが、一切効かない。
だから僕は、このサーキットが好きだ。
そして、亞北さんがここを主戦場に選んだ理由も、よく分かる。
パワーだけのクルマは、ここでは息が切れる。
足だけ固めたクルマは、リズムを失う。
バランスを欠いたクルマは、ドライバーに嘘をつく。
TSタカタは、
クルマと人の“ズレ”を、容赦なく炙り出す。
アップダウンがあり、
テクニカルで、
ブレーキングと立ち上がりの精度が、何度も試される。
ここでは、
馬力よりも、対話が勝つ。
どこで我慢するか。
どこで待つか。
どこで踏み切るか。
すべてが、ドライバーとクルマの“呼吸”で決まる。
だから亞北さんは、この場所を選んだ。
RX-8という素材を、
いちばん誤魔化しの効かない環境で、真正面から試すために。
楽なサーキットじゃない。
むしろ、心が折れやすい。
でも――
ここで出したタイムだけは、嘘をつかない。
目標は、57秒台。
数字だけ見れば、たった数秒の話に聞こえる。
でもその数秒の中には、
何十周もの試行錯誤と、
何度も引き返したブレーキングと、
何度も飲み込んだアクセルが詰まっている。
RX-8で、この領域に入るのは簡単じゃない。
だからこそ、意味がある。
57秒台に入った瞬間、
このRX-8は「挑戦者」から「基準」になる。
RX-8ナンバーワン。
それは称号じゃない。
積み上げてきた時間が、数字として肯定される瞬間だ。
TSタカタは、冷たい。
でも公平だ。
努力した分だけ、
考え抜いた分だけ、
向き合った分だけ、
ちゃんと返してくれる。
亞北さんのRX-8は、
その問いに、まだ答え続けている途中だ。
そして、答えはもうすぐ見える。
次に語るのは、
なぜRX-8が「簡単じゃない」と言われ続けるのか。
それでもなお、彼がこのクルマを愛してやまない理由だ。
RX-8は簡単なクルマじゃない。だからこそ、愛してしまう

RX-8は、よくこう言われる。
「難しいクルマだ」
「手がかかる」
「速くするのが大変」
その評価は、たしかに間違っていない。
でも――
亞北さんとRX-8の関係を見ていると、僕はこう思う。
RX-8は、“正直すぎるクルマ”なんだ。
ミスをすれば、はっきり分かる。
雑な操作をすれば、すぐに返ってくる。
エンジンも、足回りも、空力も。
すべてが、ドライバーの意識をそのまま映す鏡みたいな存在だ。
だから誤魔化しが効かない。
でもその代わり、
ちゃんと向き合えば、ちゃんと応えてくれる。
RX-8は、パワーでねじ伏せるクルマじゃない。
重さを感じ、
荷重を待ち、
ラインを信じ、
回転を使い切る。
速さは、丁寧さの先にしか存在しない。
それは、今どき珍しい価値観かもしれない。
だからこそ、亞北さんはこのクルマを手放さない。
もっと速いクルマはある。
もっと楽なクルマもある。
でもRX-8には、
「一緒に成長できる余白」がある。
昨日できなかったことが、今日できる。
今日届かなかった回転が、明日は自然に繋がる。
その積み重ねが、
タイム以上のものを、確実に残していく。
だから、パーツ選びにも一貫した思想が必要になる。
なんとなく選ぶと、
なんとなく遅くなる。
このRX-8がレッグモータースポーツという答えに辿り着いたのは、偶然じゃない。
試行錯誤の末に、
「これ以上ブレてはいけない」という地点に、静かに立っただけだ。
RX-8は、
速さだけを求める人には向かない。
でも、
「走る意味」を探している人には、これ以上ない相棒になる。
亞北さんにとって、この青いRX-8は、
単なるタイムアタックマシンじゃない。
自分自身と向き合うための道具であり、
簡単じゃない方を選び続けるための理由だ。
TSタカタサーキット57秒台。
それはゴールじゃない。
「ここまで来た」という通過点だ。
なぜならRX-8は、
達成した瞬間から、次の課題を投げてくるクルマだからだ。
でも、その終わらなさこそが、
このクルマを愛してしまう理由なのかもしれない。
そして最後に、もうひとつだけ言えることがある。
亞北さんのRX-8は、速くなりたいから走っているんじゃない。
好きでい続けるために、走っている。
それは、何よりも強い動機だ。
青いRX-8は、今日も一歩を刻む

ロータリーという選択は、時代に逆らうことかもしれない。
効率だけを見れば、
もっと速いクルマも、
もっと楽なクルマも、
いくらでもある。
それでも亞北さんは、RX-8を選び続けている。
理由は、シンプルだ。
「このクルマが好きだから」
それ以上でも、それ以下でもない。
でも、その「好き」は軽くない。
走るたびに、
少しずつ分かってくることがある。
今日は踏みすぎたな、とか。
今日は待てたな、とか。
今日はクルマと噛み合ったな、とか。
RX-8は、毎回違う表情を見せる。
同じ一日が、二度と来ない。
だから、飽きない。
TSタカタサーキットで、
57秒台を目指しながら、
青いRX-8は今日も走る。
昨日より少しだけ速く。
昨日より少しだけ、深く。
タイムが縮まらない日もある。
むしろ、そっちの方が多いかもしれない。
でもそれでいい。
RX-8は、
簡単に答えをくれないクルマだからだ。
ステアリングを切る角度は、人生の選択に似ている。
楽な方へ行くこともできる。
でも、亞北さんは今日も、難しい方を選ぶ。
ロータリーという個性を信じて。
自分の感覚を信じて。
そして、このRX-8を信じて。
青いRX-8の挑戦は、
これからも静かに、そして確かに続いていく。
速さのためだけじゃない。
好きでい続けるために。
注意書き(免責)
本記事は、サーキット走行を前提とした車両セットアップや考え方を紹介する内容です。
公道での走行を推奨するものではなく、
また法令違反や危険運転を助長する意図は一切ありません。
車両の改造・サーキット走行は、
必ず自己責任のもと、
主催者ルール・施設規則・車検基準・保険条件等を十分に確認したうえで行ってください。
本記事内のタイム、仕様、インプレッションは、
特定条件・特定個体に基づくものであり、
同様の結果を保証するものではありません。
安全を最優先に、
クルマと長く付き合うことを大切にしてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. RX-8は本当にタイムアタックに向いているクルマですか?
A. 簡単ではありませんが、向いています。
パワーで押すタイプではなく、バランス・回転域・操作精度が揃ったときに強さを発揮します。
Q2. レッグモータースポーツで揃えるメリットは何ですか?
A. 思想と基準が揃うことです。
迷いが減り、セッティングの「理由」が明確になるため、結果的に上達が早くなります。
Q3. GTウイングは初心者でも効果を感じられますか?
A. 感じられます。
タイムより先に「怖さが減る」「挙動が安定する」という形で体感できることが多いです。
Q4. シバタイヤR23Rは本気アタックでも使えますか?
A. 使えます。
絶対的な一発タイムよりも、走行回数を重ねて理解を深めたい人に向いています。
Q5. RX-8の改造で一番大切なポイントは何ですか?
A. 「目的を決めて、軸を揃えること」です。
何秒をどこで狙うのかを決めずに改造すると、RX-8は必ず難しくなります。
情報ソース・参考資料
-
マツダ株式会社 公式サイト
https://www.mazda.co.jp/
-
レッグモータースポーツ 公式サイト
https://www.legmotor-sport.com/
-
TSタカタサーキット 公式サイト
https://www.ts-takata.com/
-
AutoExe 公式サイト(マツダ車向けチューニングパーツ)
https://www.autoexe.co.jp/
- 本記事は、オーナー本人へのヒアリングおよびサーキット走行経験者の一般的知見をもとに構成しています。
編集後記
この記事を書き終えて、あらためて思った。
速いクルマの話を書いたつもりは、実はあまりない。
書きたかったのは、
「好きなクルマを、好きでい続けるための覚悟」だ。
亞北さんのRX-8は、最短距離を選んだクルマじゃない。
効率を追い求めた結果でもない。
それでも、そこには一本の太い軸が通っている。
・ロータリーという個性を信じること
・迷わないために思想を揃えること
・数字から逃げないこと
その全部が、
「RX-8を裏切らないため」の選択だった。
クルマは、持ち主の生き方を映す。
亞北さんのRX-8は、
簡単じゃない方を選び続ける人の背中を、静かに語っている。
もしこの記事を読んで、
「もう一度、自分のクルマと向き合ってみよう」
そう思ってもらえたなら、これ以上うれしいことはない。
―― 橘 譲二



コメント