かつてクルマを追いかけていた僕が、ある朝ふと思った。「速さ」ではなく、「感じること」が足りていないのではないか、と。日々の通勤ではただアクセルを踏み、ブレーキを握り、ハンドルを回す。クルマは道具になっていた。
そんな僕がある日ふらりと中古車展示場で目にしたのが、ホンダ S660だった。2シーター、ミッドシップ、軽自動車。派手さはない。だが、その小さなボディの中に、「走る意味」を思い出させてくれる魅力が詰まっていた。心が震えるクルマとは、こういうものか、と。
この文章は、僕がなぜ大型の車からこのS660に乗り換えたのか。その理由を、スペック、乗り味、中古での注意点、他車との比較を通じて一つずつ明かしていく。もしあなたも、日常の中で「ただ移動するクルマ」では満足できなくなっているなら、この小さな相棒が答えを持っているかもしれない。
1. 軽スポーツカーの現在地:なぜS660が特別か
スポーツカーといえば、「大排気量」「爆音マフラー」「ド派手なエアロ」というイメージが、昔はあった。
でも今の時代、それは少し古い常識かもしれない。
僕らが生きるこの現代では、燃費、維持費、環境性能、家族の理解……そういった現実的な要素が、クルマ選びに大きく影響するようになった。
「走りたい」という気持ちだけで、好きなクルマに飛びつけた20代の頃とは、違うのだ。
そんな今、「軽スポーツカー」という選択肢が、ひっそりと再評価されている。
でも実際のところ、新車で買える“本気の軽スポーツ”は、もうほとんど残っていない。
ホンダ S660が生産終了した2022年3月、それはある意味、「国産軽スポーツの終焉」を告げる鐘の音だった。
新車ではもう手に入らない──
それでも、いや、だからこそ、S660は特別な存在になった。
その理由を、僕なりに3つにまとめてみよう。
● ミッドシップ、リア駆動──それだけで心が躍る。
まず最も衝撃だったのは、**ミッドシップ+後輪駆動(MR)**というレイアウト。
普通、軽自動車はFF(前輪駆動)が基本だ。でもS660は違った。
エンジンが車体の真ん中に積まれていて、力が後輪に伝わる。
この構造がもたらすのは、「曲がる歓び」そのものだ。
峠道での挙動、アクセルを抜いた瞬間の荷重移動、ステアリングへの正確な返答。
一つひとつのコーナーが、「操作してる」という実感に変わる。
軽い車体が、意のままに回る。
この感覚は、スペック表には絶対に書かれていない、乗って初めてわかる魔法だ。
● 2シーターの潔さ──クルマと、自分と、もうひとり。
次に語りたいのは、その2シーターという仕様。
「4人乗れないの?」と聞かれることも多いけど、正直言って──いらない。
このクルマに乗せたいのは、自分と、たった一人の相棒だけだから。
ドライブ中、助手席の人と静かな音楽を聴きながら交わす会話。
何も言わずに並んで、ハンドルを握る手だけがすべてを語ってくれる時間。
2人だけの空間に、エンジンの音が混ざる。それだけで、十分だった。
● 軽ならではの現実的な“幸せ”
最後に触れておきたいのは、維持コストのバランスだ。
正直、僕も家庭がある。
子どもの教育費、住宅ローン、保険、老後の準備……。クルマにばかりお金をかけられない。
でもS660は、その「現実」とも折り合いがつく。
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自動車税は年1万円ちょっと。
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保険料も軽自動車クラス。
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タイヤは15〜16インチ。消耗品も手頃。
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燃費も20km/L近く走ってくれる。
「走る歓び」と「生活の現実」──その両方を諦めなくていい。
これこそ、S660が“今の僕たち世代”にとって最適な選択肢だと思う理由だ。
S660は、小さい。
だけど、そのボディの中には、走ることの本質と、人生との向き合い方が詰まっている。
軽という制約を逆手に取り、“走り”に全振りした設計思想。
そこには、かつてクルマに恋をしていた僕たちの心を、もう一度熱くさせる何かがある。
S660を見つけたとき、僕は確かに思った。
「そうだ、俺は、こういうクルマを探してたんだ」って。
2. スペックで語るS660の骨格:性能と数字に宿る味わい
カタログスペックをただ並べるだけじゃ、このクルマの本質は見えてこない。
でもだからこそ、「数字の向こうにある走り」を感じるかどうかが大切なんだと思う。
S660のスペックはこうだ:
項目 | 内容 |
---|---|
エンジン/排気量 | 658cc 直列3気筒ターボ(S07Aエンジン) |
駆動方式 | ミッドシップ + 後輪駆動(MRレイアウト) |
変速機 | 6速マニュアル or CVT(スポーツモードあり) |
車重 | 約830〜850kg |
サイズ | 全長3395mm × 全幅1475mm × 全高1180mm |
この数字のひとつひとつが、乗った瞬間に“体感”へと変わる。
ただの数値じゃなくて、「走りの味」そのものになる。
● 軽量ゆえのキレと、意思の伝わり方
まず驚くのは、その軽さ。たった830kgちょっと。
昔乗っていたGT-Rの半分にも満たない車重だ。
この軽さが何を生むか──
ステアリングを切った瞬間にわかる、反応の速さ。
例えば、山道のヘアピン。
アクセルを戻して、ハンドルを少し切っただけで、スッとノーズがインに入る。
「自分の意思が、そのままクルマに乗り移っているんじゃないか?」って錯覚すらする。
旋回中のロールも小さく、視線の動きと車体の動きがぴたりと合う。
この感覚は、たとえパワーがなくても、走りに陶酔できる要素だと思う。
● 馬力64ps──その“上限”が、逆に面白い
「馬力は軽の自主規制枠、64psです。」
そう言われると、速さに夢を見ていたかつての僕なら、鼻で笑っていたかもしれない。
でも、実際に乗ってみると、これは**数字以上の「心地いいパワー感」**だった。
0-100km/hの加速なんて、今どきのターボ付きミニバンにも勝てないかもしれない。
でも、S660は“加速の質”が違う。
3,000回転を超えたあたりからターボが効き始め、6,000回転付近でピークを迎える。
MTモデルなら、それを自分の手で引き出す感覚がある。
シフトダウンしてエンジンブレーキを当てる。
コーナーを抜けて、2速で回して、スロットルを開ける──
この一連の動作が、たった64馬力のはずなのに、心拍数をグッと上げてくれる。
● ミッドシップという正義──バランスと重心
ミッドシップの恩恵は、ただ後ろにエンジンがあるだけじゃない。
車の中心でエンジンが呼吸しているような感覚が、走っているとわかるんだ。
フロントが軽く、コーナリング時に自然にノーズが入っていく。
そのあとでリアがきちんとついてくる。
「これ、軽だよね?」と自分で疑いたくなるくらい、
一体感がある。
それに、重心が低い。
ドライビングポジションが腰の位置まで落ちているから、クルマとの距離が近い。
それがまた、走っていて気持ちいいんだ。
● もちろん、トレードオフもある
完璧なクルマなんて、存在しない。
S660にも当然、弱点がある。
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高速道路の合流で「あれ?踏んでも伸びないな」と感じる加速力。
特にMTモデルでも、合流時にはギア選びに気を遣う。 -
屋根の開閉は完全手動のロールトップ。
コペンみたいに電動じゃないから、突然の雨ではちょっと慌てる。 -
荷物は、ほとんど載らない。
書類カバンひとつ、リュックひとつが限界。週末のドライブなら問題ないけど、旅行には正直向いていない。
でも、そういった“できないこと”を理解したうえで選ぶと、
「できること」の喜びが、何倍にも感じられるのがこのクルマの魅力なんだ。
S660は、数字の羅列で判断してしまえば、もったいない。
そこにあるのは、「軽いこと」「パワーが少ないこと」「荷物が積めないこと」──
だけど、その裏にある「走る意味」「クルマとつながる感覚」「自分と向き合う時間」こそ、
このクルマのスペックに宿った“走りの哲学”だと思う。
数字に現れない価値を、ハンドルを通じて感じられる。
それがS660のスペックが、ただの数値じゃない“味わい”になる理由だ。
3. 乗って分かった「走る意味」:僕のドライブ体験
初めてS660でワインディングを走ったのは、春の終わり、まだ朝靄が残る山道だった。
ハンドルを切るたび、フロントタイヤがアスファルトを撫でるように曲がり、背中越しから聞こえるエンジンの咆哮が、まるで「もっと踏め」と囁いてくる。
カーブをひとつ、またひとつ抜けるたびに、クルマとの信頼関係が深まっていくのがわかる。
僕はステアリングで命令を出し、S660はその意図を正確に汲み取って、まるで“生き物”のように反応してくれる。
「走ること」って、こんなにも感覚的で、心を震わせるものだったか。
久しぶりにそう思えた瞬間だった。
● 街中でも、“軽さ”は自由になる
ワインディングだけじゃない。
S660の“軽さ”は、都市の生活にもよく馴染む。
通勤で使う狭い交差点。スーパーの立体駐車場。細い路地の曲がり角。
大きなクルマならヒヤリとするシーンでも、S660はまるでスニーカーのようにヒョイと動いてくれる。
特に気に入っているのは、屋根を開けて走るとき。
日差しが柔らかい午後、ちょっと遠回りして帰る。
流れる景色、すれ違う風、どこかの庭から漂ってくる沈丁花の匂い──
それら全部が、S660という“器”を通して、僕の感覚に届いてくる。
この瞬間、「クルマに乗ってる」んじゃなくて、「クルマと生きてる」って実感するんだ。
● もちろん、現実の「限界」もある
ただし、誤解しないでほしい。
S660は決して“万能”じゃない。
あくまで「走ることに特化した道具」だという割り切りが必要だ。
例えば──
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長距離ドライブは、正直キツい。
車内の静粛性は低く、風切り音やロードノイズがダイレクトに耳に届く。
高速道路を何時間も走ると、体も耳も疲れる。 -
荷物はほぼ積めない。
トランクと呼べるほどのスペースはなく、手荷物と最低限の着替えが限界。
だからこそ僕は、旅の計画も“ミニマム”を意識するようになった。 -
後方視界はタイトで、ルーフをつけると圧迫感もある。
でもそれも、「このクルマには余計なものはいらない」と思えば納得できる。
● それでも、このクルマは「心のエンジン」を回してくれる
多少の不便さ。
多少の疲れ。
多少の妥協。
そういったものを全部受け入れた上で、S660と過ごす時間には、何物にも代えがたい“価値”がある。
クルマに乗る理由は人それぞれだ。
でも僕は、このクルマと出会って再確認した。
「速さ」だけじゃない。
「高級感」でもない。
“走る意味”が、この小さな2シーターには、確かにある。
誰かに見せびらかすためじゃない。
SNSで映える写真を撮るためでもない。
ハンドルを握ったとき、自分の鼓動とS660の鼓動が重なる。
──ただ、それだけで、人生は少し豊かになる。
4. 中古で買うならここに注意:価格・状態・維持コスト
S660は2022年3月をもって生産終了しており、中古車しか購入の選択肢がない。だからこそ、以下の点をチェックしておきたい。
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価格相場:モデル・グレード・走行距離・状態・限定色などで差が大きい。最新モデルや特別仕様の「Modulo X」「Version Z」はプレミアがついていることも。
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維持費の目安:
・自動車税(軽) → 年間約10,800円
・任意保険 → 年齢・等級によるが、おおよそ 5〜8万円/年が目安
・車検・重量税等 → 2年に一度で、部品交換や整備によっては+で掛かることあり。年換算では車検コストを含めて約5万円前後。
・燃料代 → 年間走行距離・燃費によって大きく変動。6MTとCVTで若干差あり。 -
状態・修復歴:事故履歴・水没・オープントップ部分の防水性などをチェック。時間が経つにつれ防水パッキン、ルーフのロック機構などに劣化がある個体があるという声。
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部品供給:生産終了モデルゆえに、純正部品が入手困難になものが出てくる可能性もある。アフターパーツ・リプロ品の確認が必要。
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走行距離と消耗品:タイミングベルトやサスペンション、足まわりなどは、走り系の使い方をしている個体では交換歴をよく確認。
5. 他の2シーター軽スポーツとの比較
特に僕がよく比較したのは、「ダイハツ コペン」と「S660」。それぞれの強みと不足を整理してみる。
比較項目 | S660 | コペン |
---|---|---|
駆動方式 | MR(ミッドシップ) → 振り回し・コーナリングの楽しさ重視 | FFまたはオープントップ/電動ルーフ等使い勝手重視 |
車高・重心 | やや低めで重心が安定。見た目のシルエットもスポーツカー感あり。 | 車高・ルーフ構造の影響で頭部空間・乗降性・居住性で取れる余裕がある。 |
ルーフ開閉機構 | 手動のロールトップ → 軽さと構造のシンプルさがあるが、手間あり。 | 電動開閉式があるモデル、多くのシーンで使いやすい。 |
荷物・収納性 | 極めて限定的。リアはエンジン配置、トランクほぼ無し。前スペースに最小限。 | コペンは幌を折りたたんでもある程度収納スペースあり、日常使いがしやすい。 |
維持コスト | 軽の税制・保険優遇などメリットあり。燃費は使用方法次第。年平均20〜35万円程度という報告もある。 | 維持費も抑えられるが、電動機構やルーフの可動部など維持の手間が増える可能性あり。 |
この比較から僕は、「走ること」を重視する日にはS660が選択肢として強いと感じた。もし「快適さ」「利便性」「広さ」を優先するならコペンも魅力的。
6. 結論:僕がS660を選んだ“走る意味”
エンジン音で、胸が高鳴る感覚。
ステアリングを握った瞬間、世界が静まり返るような集中力。
「ただの移動」じゃない。「走ること」そのものが、自分を取り戻す儀式になる。
──そんな感覚、いつから忘れてしまったんだろう。
社会人になって、家庭を持ち、生活を支えるために選んだのは、荷物が積めて、燃費が良くて、どこにでも行けるミニバンだった。もちろん、それは「便利」だった。でも、あの頃の僕が憧れていた「走る歓び」は、そこにはなかった。
だからある日、思い切ってハンドルを切った。
選んだのは、ホンダ S660。
2シーター、ミッドシップ、64馬力──軽自動車規格ギリギリのスポーツカー。
スペックだけ見ると、物足りなく感じる人もいるかもしれない。でも、僕はこの小さな車体に宿る「魂」に惹かれた。
クルマは、感じるための“相棒”だ
エンジンの鼓動が背中越しに響いてくる。
シフトを入れるたび、右腕に「次の一手をどうする?」と問いかけられているような感覚がある。
コーナーに差し掛かれば、タイヤが路面をつかむ手応えが、ステアリングを通して確かに伝わってくる。
そう、S660は、クルマがまだ“生きている”と感じさせてくれる数少ない一台だった。
「走るためのパートナー」として、S660はいつでも真剣勝負を挑んでくる。そのレスポンスの速さ、重心の低さ、ミッドシップならではの回頭性。どれも、僕の“走りたい”という欲求を思い出させてくれた。
維持費が現実的だからこそ、夢を追える
スポーツカーというと、「金がかかる」というイメージがつきまとう。確かに、かつてのGT-RやZなど大排気量車両は維持するだけで精一杯だった。だけど、S660は違う。
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自動車税は年間10,800円。
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保険も軽クラスなら大きな負担にはならない。
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燃費もリッター20km近く走ってくれる。
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タイヤも14〜15インチで交換コストは手頃。
趣味として付き合える。
「非日常」を味わえるスポーツカーでありながら、日常に溶け込むだけの維持性を持っている。
このバランスの妙が、S660の“本当の強さ”だと、僕は思う。
生産終了──希少性は、誇りになる
2022年、S660は静かに生産終了となった。
理由はいくつかある。安全基準、販売台数、コストパフォーマンス……でも、それでも惜しまれるモデルだった。SNSでは「最後に乗っておきたい一台」として多くの人が反応し、最終限定モデルのVersion Zは即完売した。
今やS660は、中古車市場でしか出会えない。
それは同時に、「この一台を選んだ人だけが感じられる価値」があるということだ。
誰かに見せびらかすためではない。
自分の内側を満たすための、“自己満足の極み”としての相棒。
それで、いいじゃないか。
そして今、僕はこう思う
クルマを使って「どこへ行くか」ではなく、クルマと一緒に「どんな時間を過ごすか」が大事なのだと。
朝の通勤路、休日の峠道、夕暮れの海岸線。
S660に乗っていると、すべての時間が「走っている」と言える。
その瞬間、自分の存在がただのサラリーマンでも、父親でもなく、「クルマを愛する一人の人間」に戻れる気がするんだ。
もしあなたが今、「なんとなく物足りない」と感じているなら──
もし、心が動くような体験を、日常にもう一度取り戻したいなら──
僕は迷わずこう言う。
その鍵は、小さなスポーツカーの中にあるかもしれない。
そしてその一台が、S660であっても、不思議じゃない。
FAQ(よくある質問)
Q1. S660 の燃費は実際どれくらい?
A1. カタログ値から実走行を割り引くと、6MTモデルでおおむね 約18〜20 km/L、CVT の場合はやや悪くて 約15〜18 km/L前後という報告が多い。使用条件(街乗り、峠、高速)次第で変動。
Q2. 屋根は完全オープンになるの?防風・騒音はどう?
A2. ロールトップ方式で、屋根を外すには手動でロックを外し、幌を巻き取って前方のスペースに収納する必要がある。完全な電動開閉式とは異なるので、その分防風・雨漏り・騒音でのストレスを感じるシーンがある。
Q3. MT と CVT のどちらがいい?
A3. 僕は MT 推し。シフトチェンジで自分がクルマを“操ってる”という実感が強いから。でも CVT の方が取り回し・渋滞でのストレスは少ない。コストと好みで選ぶべき。燃費差・維持コスト差も年で数千円〜1万円レベルで出ることがある。
Q4. 雨・冬・維持性はどうか?
A4. 雨の日は屋根の防水性をよくチェック。ルーフ周りの隙間やロールトップの継ぎ目での雨漏りは中古での報告がある。冬は軽量ゆえに車体が冷えやすく、ヒーターや断熱・窓シール等の対策が大事。スタッドレスタイヤも必須。維持部品は流通が減ってきているので、信頼できる業者・パーツの在庫を確認すること。
まとめ──小さなボディに詰まった“大きな意味”
S660は、単なる「軽自動車スポーツカー」ではない。 それは、限られた排気量、コンパクトなボディサイズという“制約”の中で、どこまで「走る歓び」を追求できるかという、ひとつの挑戦の形だ。
64馬力──数字だけを見れば控えめに感じるかもしれない。 でもそのエンジンは、ミッドシップに搭載され、わずか800kg台の軽量な車体を力強く押し出す。 ハンドルを切れば、重心の低さと車体バランスの良さが手に伝わり、思わず息を呑む。
「クルマを操るとは、こういうことだったのか」 ──そう実感させてくれる体験が、S660にはある。
もちろん、完璧なクルマではない。 荷物はほとんど積めないし、長距離の移動には体力が必要だ。 ルーフは手動で、雨の日は気を遣うこともある。
でも、その短所を理解し、受け入れた上で選ぶなら── このクルマは、きっとそれ以上の喜びを、あなたに返してくれる。
あなたがもし、「毎日の通勤や買い物に便利な軽自動車」を求めているなら、S660は最適ではないかもしれない。
でももし、「運転そのものに意味を感じたい」「ただ走ることが、心を満たしてくれる」──そんなクルマを探しているなら、S660は間違いなく候補に入るはずだ。
そして最後に忘れてはならないのが、中古車としての現実。
今後の出会いは「一期一会」になる。 価格は年々上昇傾向にあり、良質な個体はすぐに売れてしまう。 だからこそ、購入の際には、走行距離・修復歴・屋根の状態・整備記録・消耗品の交換歴など、細かくチェックすることが重要だ。
また、長く付き合いたいなら、S660に詳しい整備士やショップを探しておくのもおすすめだ。
この小さな2シーターには、「走る意味」が詰まっている。 それは、“速さ”ではない。それは、“高級さ”でもない。
ハンドルを切った瞬間、心が動くかどうか。 それが、僕にとってS660を選んだ最大の理由だった。
あなたにも、そんな一台と出会ってほしい。
執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)
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