信号待ちの、ほんの数十秒のことだった。
右隣に、低い車体が滑り込んできた。
黄色。それも、ただの黄色じゃない。蜂の腹のような、挑発的な黄色だった。
アイドリングのV8が、地面を通して足の裏まで届く。
あれは音というより、地鳴りだ。低く、太く、機嫌の悪い獣が喉を鳴らすような震え。
僕の首は、自分の意思より先に動いていた。
気づけば、横顔を盗み見ていた。笑っていない肉食獣の、あの面構えを。
シボレーカマロ。
家族を乗せた実用車のハンドルを握る僕が、その日、確かに振り向いた一台だ。
アメ車は維持が大変だ。燃費も悪い。取り回しだって楽じゃない。
それくらい、僕も知っている。あなたも、きっと知っている。
でも、知っていてなお、首が動いてしまった。
その事実だけは、誰にも否定させたくない。
あの黄色に、首が勝手に動いた──シボレーカマロという顔の磁力

カマロという車を、僕は長いあいだ「顔の車」だと思ってきた。
スペックでも、馬力でもない。
まず、あの顔だ。ヘッドライトが細く吊り上がり、口元のグリルが地面を睨んでいる。
近づいてくるだけで、空気がわずかに張り詰める。
馴染みの輸入車屋の店主が、前にこんなことを言っていた。
「カマロを探しに来る客は、スペックより先に“あの顔”の話をするんだ。バンブルビーの黄色、ってね。今でも、それが一番多い」
バンブルビー。
2007年の映画『トランスフォーマー』で、主人公を守る黄色いロボットに変身したのが、このカマロだった。
トヨタが運営するGAZOOのコラムによれば、第一作で最初に登場したのは古い世代のカマロ。
ところが「ボロ車」と言われたのを気にして、最新の5代目へと姿をスキャンし直す、という粋な演出があった。
この映画が、眠っていた獣を起こした。
カマロは2002年に、一度その歴史を閉じている。
それを文化の側から呼び戻したのが、あの黄色いロボットだったのだ。
2009年、5代目として復活したカマロは、映画の追い風を受けて世界中で売れた。
ちなみに「Camaro」という名前は、フランス語の俗語で「仲間」を意味する言葉が由来だとされる。
発売前、GMは車名を伏せ、社内で別のコードネームを使って開発を進めていた。
当時、開発の現場では「Panther(パンサー)」というコードネームが使われていたという。
豹の名で育てられ、世に出るときに「仲間」と名付けられた。
仲間、という名の獣。
矛盾しているようで、乗ってみると、その意味が少しわかる気がする。
牙を持ちながら、隣にいると不思議と落ち着く。そういう相棒なのだ。
マスタングへの二年遅れの回答──歴代カマロ(初代1969〜6代目)の系譜

カマロの歴史は、ライバルへの「返事」から始まっている。
1964年、フォード・マスタングが世に出て、爆発的に売れた。
その熱狂を、GMは指をくわえて見ていたわけじゃない。
二年遅れ、1966年秋。マスタングを食う獣として、初代カマロは送り出された。
初代〜2代目:マッスルが一番ギラついていた時代
初代(1967〜1969)は、FRに直6からV8までを積んだ、ポニーカーの王道だった。
とりわけ1969年型のあの面構えは、今も「カマロといえばこれ」と挙げる人が多い。
中古市場で「カマロ 1969」が今も検索され続けるのが、その証拠だ。
初代に積まれたV8は、小さなものでも4.9リッター。上には6.5リッターのビッグブロックまで用意された。
排気量という名の暴力が、まだ堂々と許されていた時代の話だ。
2代目(1970〜1981)は、12年という最長のモデルライフを走り抜けた。
オイルショックと排ガス規制の荒波を、馬力を削られながらも生き延びた世代でもある。
パワーを奪われ、それでもカマロであろうとした時間。
僕は、この我慢の世代にこそ、車という文化のしぶとさを見る。
3代目:角目とIROC-Zの記憶
僕にとってのカマロは、正直に言えば、この3代目(1982〜1992)だ。
角ばった、いわゆる「角目」のフェイス。
リトラクタブルではない、鋭く切れ込んだヘッドライト。
80年代のアメリカが、そのまま固まったようなデザインだった。
そしてこの世代を象徴するのが、IROC-Z。
「IROC」とは International Race Of Champions、つまり国際チャンピオン選手権の略だ。
そのワンメイクレースにカマロが採用されたことを記念し、1985年型から設定された別格のパッケージだった。
レースの名を、そのまま身にまとった車。
あの低く構えた角目を、僕は今でも夜の街角で探してしまう。
4代目〜6代目:復活と、アルファ世代への進化
4代目(1993〜2002)は、丸みを帯びた未来的なフォルムへ。だが2002年、一度幕を下ろす。
そこからの復活劇は、先に書いたとおりだ。
5代目(2010〜2015)は、映画の黄色とともに帰ってきた。
そして6代目(2016〜2024)。ENGINE WEBの記事が伝えるように、この世代はキャデラックと基盤を共有する「アルファ」プラットフォームへ移った。
先代より、短く。狭く。軽く。
ただ直進するだけの怪物だったカマロが、「曲がる獣」へと変わった転換点だ。
マスタング、ダッジ・チャレンジャー、そしてカマロ。
アメリカン・マッスルの御三家は、六十年近く、互いを睨み合いながら走り続けてきた。
ライバルがいたから、カマロはカマロでいられた。それだけは間違いない。
SS、Z28、ZL1、IROC-Z──記号に宿った咆哮

カマロを語るとき、避けて通れないのがグレード名という名の「記号」だ。
SS。Super Sport の頭文字。
カマロの中でもV8を積む、王道のホットモデルを指す称号だ。
6代目のSSは、6.2リッターV8を積み、453馬力を叩き出した。最終モデルの価格は、おおむね880万円ほどとされる。
Z28という記号も、深い。
もともとは車名ですらなく、オプションコード(RPO Z28)だったものが、いつしか硬派グレードの代名詞になった。
レースのホモロゲーション、つまり競技参加のために生まれた、生粋の走り屋仕様だ。
サーキットに本気で挑んだZ/28もいた。5代目に設定された一台は、7.0リッターV8で505馬力。
エアコンすら外して軽量化を突き詰めた、走るためだけの硬骨漢だった。
そしてZL1。
スーパーチャージドV8で650馬力。カマロという系譜の、頂点に立つ怪物だ。
数字を並べれば、確かに壮観だ。
でも、正直に告白する。僕の心を掴むのは、その馬力じゃない。
アクセルを軽く踏み込んだときの、あの低い唸り。
腹の底を、太い指でゆっくり押されるような、V8特有の鼓動。
タコメーターの針が中盤を越えると、唸りが咆哮に変わる、あの瞬間。
燃費の話なんて、その音の前では、一度どこかへ消える。
これは、僕という人間の、どうしようもない癖なのだろう。
学生時代の走り仲間に、いまも3代目のIROC-Zを維持している男がいる。
燃費を聞くと、彼は決まってこう笑う。
「聞くな。あの低い音のためだけに乗ってるんだから」
わかる。痛いほど、わかる。
たぶんこれを読んでいるあなたにも、少しは伝わっているはずだ。
2.0ターボという時代の証言──6代目カマロ LT RSと、現行の実像

ここまで読んで、「でもカマロは2.0リッターもあるんだろう」と思った人がいるかもしれない。
その通りだ。6代目には、LT RSというグレードがある。
積むのは、2.0リッターの直4ターボ。275馬力、最大トルク400Nm。組み合わさるのは8速ATだ。
「アメ車なのに直4?」と眉をひそめる人もいるだろう。
昔の僕なら、同じ顔をしたかもしれない。
でも今は、そうは思わない。
この2.0ターボは、時代の証言だ。
燃費も環境性能も問われる世界で、それでもカマロを売り続けるための、ひとつの答え。
あの顔とフォルムを、より多くの人の手が届くところへ運ぶための入り口だった。
輸入車メディアの試乗記事などを読むと、LT RSは見た目の迫力に反して、思いのほか実用的だという声が多い。
新車価格は、おおむね668万円ほど。ワイド&ローの存在感を考えれば、決して法外ではない。
もちろん、V8のSSとは性格がまるで違う。
あの地鳴りのような咆哮は、V8だけのものだ。
でも、それでいい。
直4でも、あの面構えはまぎれもなくカマロだ。
入り口が広いことを、僕は否定しない。
車を「移動の道具」として静かに選ぶ人が増えた時代の空気も、理解しているつもりだ。
ただ、僕自身がどうしても馴染めないだけ。
あの太い鼓動を一度知ってしまった人間の、ささやかな業のようなものだ。
値段・中古相場・燃費・維持費という、現実の話

ロマンの話ばかりしていても、ハンドルは握れない。
ここからは、現実の話をしよう。
新車のカマロは、すでに買えない。2024年で生産が終わったからだ。
だから、いまカマロを手にするなら、基本は中古ということになる。
中古相場は、想像以上に幅が広い。
グーネットや価格.comといった大手中古車サイトを覗くと、車両価格はおおむね90万円台から、上は1280万円ほどまで。
状態の良い6代目から、味わい深い旧車まで、玉石混淆の市場だ。
- 2.0ターボのLT RS:比較的手が届きやすく、実用性も高い
- V8のSS:咆哮と引き換えに、燃費と税の覚悟が要る
- 3代目・初代などの旧車:価格より「いかに維持するか」が勝負
燃費は、正直に言おう。V8は不利だ。
排気量が大きく、車体も重い。数字だけ見れば、現代の基準では分が悪い。
維持費も、輸入車ゆえの覚悟は要る。
部品、税金、保険。国産コンパクトと同じ感覚では、たぶん続かない。
サイズも、正直に向き合っておきたい。
ワイド&ローのボディは、日本の細い道や立体駐車場とは、お世辞にも相性がいいとは言えない。
近年の個体は右ハンドルも選べるが、それでもあの全幅は、運転に少しの緊張を強いる。
けれど、その緊張すら、僕は嫌いになれない。
大きな車を、自分の手のひらに収めていく感覚。
扱いにくさの中にこそ、所有する実感が宿ることがある。
先月、あるオーナーズミーティングで、忘れられない光景を見た。
2.0ターボのLT RSに乗る若者と、V8の5代目に乗る年配の男が、ボンネットを開けて並んでいた。
排気量も、世代も、財布の事情も違う。
それでも二人は、同じ「カマロ」という一語で、ずっと笑い合っていた。
でも、と僕は思う。
3代目を維持し続けるあの旧友は、決して裕福なわけじゃない。
ただ、優先順位を、自分の手で決めただけだ。
家族のために実用車を選んだあなたは、正しい大人だ。
その選択を、僕は心から称賛する。
ただ、心のエンジンまで止める必要は、たぶん、ない。
灯が消えても、物語は終わらない──カマロ生産終了後に乗る意味

2024年1月。
シボレーは、6代目カマロの生産を終えた。
FRの2ドア。自然吸気のV8。
そんな王道のマッスルカーの灯が、また一つ、静かに消えた。
国内では、最終章を飾る限定モデル「FINAL EDITION」が用意された。
シボレー日本の公式ニュースが、その終わりを伝えている。
ただ、グローバル・シボレーの責任者は、こう言い残した。
「これが『カマロ』の物語の終わりではありません」
autosport webの記事でも触れられているように、カマロという名は、いずれ電動の時代に姿を変えて戻ってくる、という噂もある。
思えば、FRで、2ドアで、自然吸気のV8を積む。
そんな贅沢な構成の車は、もうほとんど残っていない。
効率という物差しの前では、あまりに分が悪いからだ。
効率が大切なのは、わかっている。
でも、効率だけが、車の価値ではないはずだ。
それがどんな姿になるのか、僕にはまだ想像がつかない。
あの地鳴りのような咆哮が、静かなモーター音に変わる日が来るのかもしれない。
だからこそ、思う。
燃料を燃やして咆哮するカマロに、いま振り向ける時間は、そう長くない。
灯が消えるからこそ、その光は、よけいに眩しく見えるのだ。
よくある質問

カマロのバンブルビーは、何代目か。
映画『トランスフォーマー』のバンブルビーは、基本的に5代目カマロだ。第一作では最初に古い世代が登場し、のちに最新の5代目へと姿を変える演出がある。あの黄色とブラックのストライプは、5代目の人気を一気に決定づけることになった。
カマロの新車価格・中古相場は、どのくらいか。
6代目の新車価格は、2.0ターボのLT RSでおおむね668万円、V8のSS最終モデルで880万円ほどとされた。すでに生産終了のため、現在は中古が中心。中古相場はおおむね90万円台から1280万円ほどまでと、世代や状態で大きく開く。
燃費や維持費は、実際どうなのか。
V8は排気量と重量ゆえ、燃費は現代基準では不利だ。一方、2.0ターボのLT RSは見た目より実用的という声が多い。いずれも輸入車ゆえ、部品や税の覚悟は必要になる。数字で割り切れない満足を取りに行く車、という理解がいちばん近い。
SSとLT RSは、何が違うのか。
SSは6.2リッターV8(453馬力)を積む王道のホットモデル。LT RSは2.0リッター直4ターボ(275馬力)で、より日常に寄った性格だ。あの地鳴りのようなV8の咆哮を求めるならSS、扱いやすさと存在感の両立ならLT RS、という選び方になる。
いま中古で狙うなら、何を基準にすべきか。
生産終了で、カマロの価値は静かに固まりつつある。だからこそ、相場の上下に一喜一憂するより、「どの顔に振り向いたか」「どの排気量の鼓動が欲しいか」で選ぶほうが、後悔は少ない。心が動いた一台こそ、あなたにとっての正解だ。
まとめ

カマロは、スペック表の中には住んでいない。
あの黄色。あの角目。
腹の底を押してくる、V8の低い咆哮。
信号待ちで、思わず動いてしまった首。
そのすべてが、カマロという物語だ。
家族を乗せる実用車も、悪くない。
それは、まぎれもなく大人の選択だ。
ただ、ときどきでいい。
あの地鳴りを、思い出してほしい。
あなたの首は、最後にいつ、勝手に動いただろう。
執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)



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