コンパクトに、3.5リッターのV6を。トヨタ ブレイドマスター(GRE156H)という悪戯──280馬力・燃費の現実・中古相場、マスターGとMT・4WDの真実まで

トヨタ

深夜のコンビニ。駐車場の白線に、見慣れたハッチバックが一台、静かに収まっていた。トヨタのエンブレム。背の高い5ドア。買い物袋を提げた誰かが乗り込んで、何気なくアクセルを踏む。

その瞬間、空気が変わった。

低く、厚みのある排気の唸り。エンジンルームの奥から、確かに六つの気筒が同時に息を吐く音がした。僕はコーヒーを片手に、思わず振り返った。あれは──ただのファミリーハッチじゃない。

トヨタ ブレイド マスター。型式はGRE156H。3.5リッターのV6を、Cセグメントのボディに押し込んだ、トヨタの悪戯のような一台。今夜は、この静かな怪物の話をしよう。

ブレイドマスターとは何だったのか──5ドアハッチに積まれた2GR-FE 3.5 V6


話は2006年に遡る。トヨタは欧州向けのオーリスをベースに、国内向けの上級ハッチバック「ブレイド」を世に出した。最初は2.4リッターの直4。悪くはない。だが、どこか「普通」だった。

転機は翌2007年8月。トヨタは、このコンパクトなボディに、信じがたいものを積んできた。2GR-FE、3.5リッターV型6気筒。それが「ブレイド マスター」だ。

数字を並べてみる。最高出力280ps、最大トルク35.1kgm。当時の自主規制値に張り付いた、文句のない数字だった。しかも自然吸気。ターボでもスーパーチャージャーでもない。過給機の助けを借りず、3456ccの排気量だけでこの数字を叩き出す。検索で「ブレイドマスター ターボ」と打つ人は多いが、その答えは「過給機はない」だ。あるのは、純粋な排気量という名の余裕だけ。

当時、トヨタが密かにライバル視していたのはVWゴルフR32であり、BMW130iだったという。直6を積んだ欧州のホットハッチたち。日本車が、あの土俵に同じ「多気筒を小箱に積む」という発想で殴り込んだ。それがブレイドマスターの正体だった。

「280馬力のV6、3.5L搭載。トヨタの久しぶりとなる新280馬力突破車登場。その名はブレイド・マスター。ライバルはVWゴルフR32、BMW130i」(グーネットマガジン)

トヨタはこれを「スモールラグジュアリー」と呼んだ。小さな高級車。大型セダンから降りてくる大人に、サイズは諦めても、心臓だけは諦めなくていいと囁いた。今思えば、ずいぶんと色気のある賭けだった。

280馬力・燃費・パワーウェイトレシオ──スペックを五感で読む


スペック表は、ただの数字の羅列ではない。そこには、確かに走らせた人間にしか分からない感触が隠れている。ブレイドマスターのそれを、僕なりに翻訳してみる。

車重は1470kg前後。280psで割れば、パワーウェイトレシオはおよそ5.25kg/ps。この数字は、軽く踏んだだけで背中がシートに沈む領域だ。信号が青に変わる。アクセルに足を乗せる。すると車体は、重さを感じさせないまま、するりと前へ滑り出す。FFだから、ステアリングにわずかなトルクの脈が伝わってくる。鼻先の重い、けれど力強い、独特の身のこなし。

0-100km/hを計測したことはないが、PWRから推して5秒台から6秒台のはず。体感では、数字以上に速い。なぜなら、V6の加速は角がないからだ。ターボのような「ドン」と突き上げる暴力ではなく、絹を引き裂くように、滑らかに、しかし容赦なく速度を積み上げていく。

音もいい。3.5リッターのV6が6200rpmまで回り切るとき、室内には低く澄んだ和音が満ちる。直4のガサつきも、ターボのこもった籠りもない。あれは、エンジンが歌っている音だ。

パドルに指をかけて、マニュアルモードで一段落とす。回転が跳ね上がり、シートが背中を押す。6 Super ECTは、決してスポーツカーのような俊敏さでは応えてくれない。だが、3.5リッターのトルクの厚みが、変速の鈍さを忘れさせる。低い回転からでも、踏めばどこからでも前に出る。この「どこからでも」という安心感こそ、大排気量だけが与えてくれる贅沢なのだと、改めて思う。

峠の上りで試したことがある。重い鼻が、ターンインでわずかに外へ膨らもうとする。けれど立ち上がりでアクセルを開ければ、前輪が路面を掻き、車体を引っ張り出す。FFらしい、素直で正直な身のこなし。速さの種類が、後輪駆動のそれとはまるで違う。荒々しさはない。あるのは、淡々と、しかし確実に距離を詰めていく実直さだ。

ただ、現実も書いておく。10・15モード燃費は10.2km/L。しかも指定はハイオク。街乗りなら一桁に落ちる日もある。タンクは60リットル。給油のたびに、財布は少しだけ痛む。タイヤは225/45R17、新車装着はポテンザRE050A。グリップは確かだが、減りも速い。この車は、安らぎと引き換えに、いくばくかの覚悟を求めてくる。

2GR-FEという心臓──このV6がどこから来たのか


ブレイドマスターを語るとき、避けて通れないのが、その心臓である2GR-FEだ。この型式に、僕は妙な敬意を抱いている。

2GRは、トヨタが2000年代半ばから世界中の車に積んできた、3.5リッターV6の傑作だ。エスティマにも、ヴェルファイアにも、海外ではカムリやRAV4にも。そして輸出仕様の名車、ロータス・エヴォーラにまで、このトヨタ製V6は搭載された。英国のスポーツカーメーカーが、自社のミッドシップに選んだ心臓。それが2GRなのだ。素性が悪いはずがない。

その信頼の塊を、トヨタはあえてCセグの横置きハッチに押し込んだ。エスティマのような大きな箱で回すのとは、わけが違う。1470kgの軽いボディに、ミニバン一台分の心臓。バランスとしては明らかに過剰だ。だが、その過剰さこそがブレイドマスターという車の面白さであり、存在理由のすべてだった。

エンジンの吹け上がりには、長く使われてきたユニットだけが持つ、こなれた滑らかさがある。冷間始動の朝、エンジンルームから漂うかすかなオイルの匂いと、アイドリングの低い震え。その振動の質が、直4とはまるで違う。多気筒だけが持つ、あの細やかな鼓動。手をボンネットに置けば、六つの気筒が順番に脈打っているのが分かる気がする。

うんちくをもうひとつ。この2GRは、後に直噴とポート噴射を併用した2GR-FSEや2GR-FKSへと進化し、レクサスブランドの屋台骨を支えていく。ブレイドマスターが積んだのは、その物語のちょうど中間にあたる、ポート噴射の素直な一基だった。チューニングのベースとしても素性がよく、扱いやすい。「ブレイドマスター チューニング」を志す同志にとって、これは朗報だろう。

マスターとマスターG、そしてVersion L──内装で分かれた性格


ブレイドマスターには、二つの顔がある。素の「マスター」と、上級の「マスターG」だ。

新車価格で言えば、マスターが2,772,000円。マスターGが3,234,000円。その差、およそ46万円。何が違うのか。エンジンは同じ2GR-FEの280ps。変わるのは、肌に触れる部分のすべてだ。

マスターGは、シートに本革とアルカンターラを奢り、ダッシュボードやメーターフードに人工スエードを張り巡らせた。さらにレーダークルーズコントロール、プリクラッシュセーフティといった、当時としては上級セダンの装備をこの小箱に詰め込んだ。指先がアルカンターラに触れるたび、これがハッチバックであることを忘れる。そういう車だった。

さらに「Version L」という設えも用意された。Lはおそらくラグジュアリーの頭文字。静粛性と質感を、もう一段だけ引き上げた仕様だ。

面白いのは、これほどの内装を持ちながら、外から見れば「ちょっと上等なブレイド」にしか見えないところだ。エンブレムも控えめ。誰も、この5ドアに300万円超の中身が詰まっているとは思わない。その匿名性こそ、僕がこの車に惹かれる理由のひとつだ。

夜、アルカンターラのステアリングに手を置き、メーターのアンバーの光だけを頼りに走る。指先に伝わる起毛の感触、シートが体を包む角度、ドアを閉めたときの密度のある音。それらは数字には決して表れない。けれど、長く所有するほどに効いてくる、静かな満足だ。スペック表だけを見て「ただのハッチに割高なV6」と切り捨てる人には、たぶん一生見えない景色がここにある。マスターGとは、そういう車だった。

MTはない、4WDもない──「ないものねだり」と正直に向き合う


正直に書こう。ブレイドマスターを調べていくと、必ずぶつかる壁がある。

ひとつ。マニュアルミッションは存在しない。組み合わされるのは6速ATの「6 Super ECT」、パドルシフト付きのみ。「ブレイドマスター MT」「MT化」と検索する同志の気持ちは、痛いほど分かる。280馬力のV6を、自分の左手と左足で操りたい。その欲望は正しい。だが、純正のMTは最初から用意されていない。これは、認めるしかない現実だ。

ふたつ。4WDもない。駆動方式はFF、前輪駆動だけ。「ブレイドマスター 4WD」を探しても、その個体は存在しない。3.5リッターの大トルクを前輪二本で受け止める。それがこの車の作法であり、同時に弱点でもある。

みっつ。過給機もない。先に書いた通り、ターボでもスーパーチャージャーでもない、自然吸気だ。

ないものを並べると、まるで欠点の多い車に見えるかもしれない。だが、僕はそうは思わない。MTがなくても、V6が回り切る瞬間の高揚は本物だ。4WDでなくても、軽い身のこなしと引き換えに得たものがある。この車は、足し算ではなく、引き算で自分の輪郭を決めた一台なのだ。あるものを愛せるかどうか。それだけの話だと思う。

中古という現在地──相場・維持費・程度の見極め


新車はもう買えない。ブレイドは2012年に静かに消えた。だから今、この車に乗るということは、中古を探すということだ。

相場は、状態にもよるが、おおむね70万円あたりから見つかる。専門誌のモーターファンも「70万円で狙える走りが楽しいCセグメント」として、このブレイドマスターを挙げていた。300万円超で売られた車が、その値段で手に入る。なんとも切なく、なんとも甘い話だ。

ただし、玉数は少ない。マスターは元々が少数派。程度のいい個体は、年々確実に減っている。

先日、中古車を扱う旧知の店主に電話で聞いた。彼はこう言った。

「2GR系のエンジンそのものは素性がいい。きちんと回してきた個体なら、まだまだ走る。ただ、年式相応に足回りのヘタリと、ハイオク前提の維持を覚悟できる人じゃないと勧めない。あの車は、分かってる人が乗るべき車だよ」

維持費も触れておく。3.5リッターだから自動車税は66,700円。重量税が年あたり17,100円。それにハイオク代が乗る。年間の維持費は、試算で40万円前後を見ておくのが現実的だ。安くはない。だが、同じV6の質感を新車で買おうとすれば、その何倍もかかる。

かつて峠を一緒に走った仲間が、最近このブレイドマスターを手に入れた。彼は笑ってこう言った。「鼻は重いよ。コーナーで前に逃げる。でもな、高速の合流で踏んだときのあの伸び、あれだけで全部チャラだ」と。前輪に280馬力。その重さも含めて、彼はこの車を愛している。車との付き合いは、長所だけを見る片思いではなく、短所ごと抱きしめる長い結婚に似ている。

中古で探すなら、見るべき点は意外とシンプルだ。まずはエンジンの始動性と、アイドリングの安定。2GR系は基本的に丈夫だが、冷間時の微振動や警告灯の有無は必ず確認したい。次に足回り。年式相応にダンパーがヘタっている個体が多く、コーナーでの落ち着きに如実に出る。そして前輪のタイヤの内減り。鼻の重いFFゆえ、アライメントが狂ったまま乗られた個体は、前タイヤが片べりしていることがある。

逆に言えば、そのあたりがしっかりした個体に出会えれば、これほど割安な多気筒ハッチはそうない。みんカラのオーナーレビューを覗くと、長く乗り続けている同志の言葉が並ぶ。曰く、「家族には普通のトヨタ車だと思われている。それがいい」。曰く、「速さを自慢する車じゃない。自分だけが知っていればいい車だ」。その温度感が、この車のすべてを物語っている。

よくある質問

ブレイドマスターにMT(マニュアル)はありますか?

純正のマニュアルミッションは存在しない。組み合わされるのは6速ATの6 Super ECT(パドルシフト付き)のみだ。MT化を試みる人もいるが、純正設定はないと理解しておいてほしい。

4WDモデルはありますか?

ない。ブレイドマスターの駆動方式はFF(前輪駆動)のみだ。3.5リッターV6の大トルクを前輪で受け止める設計になっている。

ターボやスーパーチャージャーは付いていますか?

付いていない。2GR-FEは自然吸気のV6だ。280psという数字は、3456ccの排気量だけで実現している。過給機の力ではなく、排気量そのものの余裕がこの車の持ち味だ。

マスターとマスターGの違いは何ですか?

エンジンは同じ280psの2GR-FE。違いは内装と装備だ。マスターGは本革とアルカンターラ、人工スエード、レーダークルーズ、プリクラッシュセーフティなどを備えた上級仕様。価格差は新車時でおよそ46万円だった。

維持費は高いですか?

3.5リッター区分のため自動車税は66,700円、重量税が年17,100円。指定はハイオクで燃費は街乗り一桁台もある。年間40万円前後を見ておくのが現実的だ。決して安い車ではない。だが、同じ多気筒の質感を新車で得ようとすれば、その何倍もの出費になる。そう考えれば、これは贅沢を知る大人のための、ささやかな近道なのかもしれない。

まとめ


ブレイドマスターは、声高に速さを叫ぶ車ではない。見た目は地味なハッチバック。MTもない、4WDもない、過給機もない。ないものを数えれば、きりがない。

けれど、誰にも気づかれないまま、3.5リッターのV6が低く歌う。その秘密を、自分だけが知っている。あの夜のコンビニで僕が振り返った音は、たぶん、そういう静かな贅沢の音だったのだ。

速さだけが、車に乗る理由じゃない。誰にも見せびらかさず、自分の胸の奥だけで鼓動を高鳴らせる。そういう乗り方を許してくれる一台が、ここにある。

執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)

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