マークX 中古は、なぜ値が下がらない。130系後期と、GRMNと、いまの相場

トヨタ

2019年12月23日。愛知県豊田市、元町工場の朝。

あの日、生産ラインを静かに離れていった一台のマークXを、ニュース映像で見たのを覚えている。ガレージの匂いの中で、ベテラン整備士が、ボンネットを軽く撫でた。その手の動きが、一秒だけ止まった。あの一秒の沈黙の意味を、僕は2026年のいまになって考え続けている。

マークⅡから数えて51年。日本のFRセダンが、ひとつの時代に幕を引いた瞬間だった。

SUVの背丈が街を埋め、ハイブリッドの静粛性が「無音」に近づいていく時代だ。低く構えたボンネット、V6のうなり、後輪で押し出される加速。そんなものを愛おしむ感性は、たしかに少数派になってしまった。だが少数派になることと、なかったことになることは、まったく違う。

同志よ。マークXは、まだ走っている。中古市場のあちこちで、誰かのガレージで、今夜も誰かが鍵をひねっている。──その火を、もう一度、言葉で照らしてみたい。

マークⅡの後継として、なぜ「X」だったのか

1968年に「コロナ マークⅡ」として登場し、1984年の5代目で「マークⅡ」として独立してからも、この名前はずっと「Ⅱ」のままだった。チェイサー、クレスタ、ヴェロッサ──いわゆる「マークⅡ兄弟」を従えながら、トヨタのミドルアッパー級セダンの中核であり続けた。

その「Ⅱ」が、2004年11月、突然「X」になった。

ローマ数字のままなら、Ⅹ(=10)と読める。だが、トヨタが選んだのはアルファベットの「X」だった。トヨタ自動車75年史は、この改称を「名称を含めた大胆な改革」と記している。

マークⅡ兄弟という、もうひとつの戦後史

マークXの登場と引き換えに、チェイサーとクレスタ、そしてヴェロッサは完全に系譜を絶たれた。1970年代から続いた「3兄弟戦略」──同じ骨格を別々の顔で売り分ける、日本独特の販売チャネル文化──の終焉でもあった。

大阪府茨木市の馴染みのトヨタディーラーに、勤続35年のベテラン営業がいる。先日、彼とコーヒー一杯のあいだ、こんな話をした。「2004年にマークXが出たとき、マークⅡの常連客の半分は『なんでⅡをやめたんや』と渋い顔をしました。でも3年経つ頃には、彼らはみな、マークXを自分の車として受け入れていた。名前は変わっても、車格が変わっていなかったから」。

Ⅱから、Xへ──ローマ数字を捨てた意味

Xというアルファベットは、数学でも未知数を表す記号だ。Ⅱを6代目の「Ⅵ」と呼ばなかったのは、過去の延長線で売っていく道を、メーカー自身が静かに断ち切った瞬間だったのだろう。──そう、僕は思っている。

マークⅡの記憶を尊重しつつ、その続編としては売らない。新しい未知数として、市場に置く。そういう覚悟が、あの一文字には込められていた。

初代GRX120系──ゼロクラウンと共有された、ひとつの余白

2004年11月、初代マークXは「ステア・ザ・スタンダード」というキャッチコピーを背負って世に出た。型式はGRX120系。プラットフォームは、同年に登場した12代目クラウン、いわゆるゼロクラウンと共通のN系列だった。

エンジンは2.5L 4GR-FSEと3.0L 3GR-FSE、いずれもV6。トランスミッションは当時としては先進的な6速AT。直6を捨ててV6に切り替えた、トヨタのミドルアッパー級セダンの「リセット世代」でもあった。

初代マークXは、内側にクラウンと同じ骨格を持っていた。だが、表に出した顔はクラウンより20代分若かった。グリルは控えめで、テールランプは横長で、サイドのプレスラインは低く伸びていた。クラウンが「親父の車」だとしたら、マークXは「親父にはまだなりきっていない男の車」だったのだ。

あの初代の走り出しは、いまでも口の中によみがえる。赤ワインの最初の一口のような、少し青く、それでいて深い渋み。アクセルを軽く踏み込んだだけで、ボンネットの奥から低くて品のある音が立ち上がってくる。「速い」のではなく、「速くないでもない」のだ。その曖昧さが、初代マークXの上品な未完成感だった。

2007年にはマイナーチェンジでスピンドル前夜のグリルへ変更。同年には派生車種「マークXジオ」も投入され、初代は2009年9月までの約5年間、26万台超を売った。決してニッチではない、しかし主役でもない。そんな立ち位置にこそ、このクルマの居場所があった。

2代目GRX130系──前期・中期・後期、それぞれの顔

2009年10月、マークXは2代目へとフルモデルチェンジする。型式はGRX130系。プラットフォームは200系クラウンと共通、エンジンは2.5L 4GR-FSEと3.5L 2GR-FSEのV6に整理された。3.0Lは廃止された。

この130系は、約10年という長いライフサイクルのなかで二度の大規模なマイナーチェンジを受けている。カーセンサーが整理した世代区分によれば、前期、中期、後期で別物といっていいほど顔が変わる。

前期(2009.10〜2012.7)──ゼロクラウンの遺伝子を最も色濃く残した顔

低く構えたボンネット、横一文字に近いフロントマスク、シンプルな三眼ヘッドライト。前期型は、初代の延長線と200系クラウンの折衷のような表情を持っている。グリルレスに近い精悍さを評価する層も多く、中古市場では「前期信仰」が根強い。

中期(2012.8〜2016.10)──キーンルックの導入、内装の質感向上

中期型からトヨタの新しいデザイン言語「キーンルック」が導入された。グリルは大きく口を開け、ヘッドライトはシャープなアロー型に。内装も加飾の質感が一段上がり、「ハイソカー」の現代版としての完成度が増した。350Sや+Mスーパーチャージャーが投入されたのもこの時期だ。

後期(2016.11〜2019.12)──精悍なフロント、安全装備の充実

後期型ではフロントマスクがさらに鋭くなり、LEDヘッドライトとリアコンビネーションランプが採用された。衝突回避支援パッケージ「Toyota Safety Sense P」が標準装備され、内装には4眼メーター、フロントピラー内の制振材も拡充。装備で選ぶなら後期型、デザインで選ぶなら前期型、というのが中古市場のセオリーになっている。

学生時代の走り屋仲間に、いまも年に一度だけ会う男がいる。20代でS14シルビアに乗っていた彼は、家族を持ち、子育てを終えた50手前のいま、わざわざ「130系後期 350S」を中古で買い直した。クラウンではなく、マークXを選んだ理由を聞いた。「クラウンは自分の親父の車の延長線上にある。マークXは、もう少し私的な、自分の物語の続きとして所有できる」と彼は言った。同じ車を選ぶ理由は、人によって違う。それでいいのだ。

2GR-FSEと、GRMNという尖った最終形

マークXのエンジン体験を語るうえで、外せないのが3.5L V6の2GR-FSEだ。レクサスIS350、GS350、RC350、そしてマークXに搭載されたこのユニット。海外ではロータス エヴォーラやアストンマーティンの一部派生モデルにも採用された、トヨタを代表する高性能V6である。

そして、その2GR-FSEを最も尖った形で纏(まと)わせた特別仕様が、2019年3月に発売された2代目「マークX GRMN」だった。350台限定、メーカー希望小売価格513万円。受注は同年1月11日にGR Garageで開始され、瞬く間に完売した。

マークX”GRMN”は、専用6速MTを搭載した本格スポーツセダン。ボディ剛性を高め、新開発のアブソーバーを用いた専用サスペンションやEPSのチューニングにより操舵性を向上させています。(トヨタ プレスリリースより)

GRMNは「GAZOO Racing Masters of Nürburgring」の頭文字。ドイツのニュルブルクリンクで鍛え上げられた走りという意味を持つ、トヨタのコンプリートカー最上位ブランドだ。webCGの試乗記は、この2代目GRMNを「IS Fとも、RC Fとも違うキャラクター」と評価している。318PS、380Nm、専用エキゾースト、専用ステアリングギアボックス──そのすべてが、4ドアセダンというボディに収まっていた。

2GR-FSEのアクセルを撫でた瞬間に、低くせり上がってくるあの音は、深夜の真っ暗な高速道路で、遠くから近づいてくるトンネルの入り口の風切り音に似ている。何かが、まだ来ていない。だが確実に、こちらへ向かっている。その「来ていない予感」こそが、僕にとってのGRMNの音だった。

初代マークX GRMNは2014年、100台限定で世に出ていた。2代目は350台に増やされたが、それでも市場に出るタマはほとんどない。中古車サイトに掲載された瞬間に成約してしまうレアモデルとして、いまも語り継がれている。

+Mスーパーチャージャー、G’s──マークXのもうひとつの顔

GRMNとは別の系譜で、マークXには「公認のチューンドモデル」が存在した。それが、トヨタモデリスタが手がけた+Mスーパーチャージャーと、後にGRファミリーへと繋がっていくスポーツコンプリートG’sだった。

webCGの試乗記によれば、+Mスーパーチャージャーは2GR-FSEにトムス製S/Cを装着した一台。出力は360PS、トルクは498Nmまで引き上げられた。しかも新車保証が付帯する。ノーマルの新車として買えるラインに、これだけ尖った仕様を並べていたメーカーが、当時の日本にどれほどあっただろうか。

G’sは2012年から登場した、専用サスペンション、補強パーツ、専用エクステリアで構成されたグレード。後に「GR SPORT」「GR」「GRMN」というGRファミリーの階層構造へ発展していく、その最初期の試作だった。マークXは、GRファミリーが本格化する前夜の「実験場」でもあったのだ。

マークXは、ノーマルで完成された一台ではなかった。「もう少し速く、もう少し尖って」という人間の欲望を、メーカー自らが受け止めるグレードを用意していた。──そこが、僕がこのクルマを愛おしく思う、いちばん深い理由かもしれない。完璧な車は、案外つまらない。少しの余白が、所有者の側に残されていてこそ、車との関係は長く続く。

マークX 中古、いまの相場という現実

そして、いま現在の中古市場の話だ。

カーセンサーのデータでは、130系マークXの中古相場は35万円から677.8万円のレンジ、平均約136万円(2026年時点)。価格帯の幅広さは、グレード差、年式差、走行距離差、そしてGRMNや+Mスーパーチャージャーといった希少仕様の有無で説明がつく。

都内のある中古車屋の店主と、年末に話す機会があった。彼の言葉が、いまの相場をいちばん正直に表していた。「2025年に入って、130系後期型の良品──走行5万キロ以下、修復歴なし、ワンオーナー──は、3年前と比べて確実に30万から50万、上がっています。タマが減るスピードのほうが、相場下落より速いんです」。

これは、マークXが「いまが底値」なのではなく、もう底を打ったということでもある。後継車種がフルモデルチェンジで登場しないことが確定して以降、ファイナル系の値落ちは緩やかになった。トヨタ公式が発表した特別仕様車「250S Final Edition」は2019年、約383万円から。中古市場では、いまも新車に近い価格で取引されている例が珍しくない。

マークXは、運転席に座って、エンジンをかけ、低い排気音に耳を傾けるだけで、何かと会話を始めるクルマだ。クルマと会話する──この言い回しを使うのは、僕の文章のなかで年に数えるほどしかない。だが、マークXの2GR-FSEは、確かにそれを許してくれる一台だった。

タマが減るスピードのほうが、相場下落より速い。──これは、マークXがまだ「買える」うちに、買っておくべき車だ、ということの裏返しでもある。少なくとも、僕はそう聞いた。

よくある質問

マークXとマークⅡは何が違うのですか

マークXは、1968年に登場したマークⅡの後継車種です。2004年の改称により、それまでのマークⅡ兄弟──チェイサー、クレスタ、ヴェロッサ──は系譜を絶たれました。プラットフォームも12代目クラウン(ゼロクラウン)と共通のN系列に統一されています。世代カウントも独立し、マークXは「マークⅡの6代目」とは呼ばれません。

マークX 130系の前期、中期、後期はどう違いますか

前期(2009.10〜2012.7)は、初代の延長線と200系クラウンの折衷のような顔。中期(2012.8〜2016.10)からはキーンルックグリルが導入され、内装も質感が向上しました。後期(2016.11〜2019.12)ではLEDヘッドライト、Toyota Safety Sense Pが標準装備に。安全装備重視なら後期、初期のシンプルさを取るなら前期、というのが選び方の基本軸です。

マークX GRMNはいま中古でいくらしますか

2019年3月発売、350台限定、新車価格513万円。2026年現在の中古市場では、新車価格を上回る個体も珍しくありません。市場にタマがほぼ出回らず、掲載直後に成約する例が多いため、「いま買い時か」を議論する以前に、出会えれば縁、というレベルのレアモデルです。初代GRMN(2014年・100台限定)はさらに希少。

250Gと350Sはどう選べばいいですか

250G(2.5L 4GR-FSE)はレギュラーガソリン仕様、街乗り実燃費8〜10km/L。税金も比較的安く、日常使いに適します。350S(3.5L 2GR-FSE)はハイオク仕様、街乗り7〜8km/Lとやや沈むものの、V6の本領を味わえる一台。「実用と維持費」なら250G、「V6セダンに乗ること自体を楽しむ」なら350Sを推します。

マークXの後継車はあるのですか

フルモデルチェンジは行われていません。トヨタのセダンラインナップは、いまや「カムリ」「クラウン」が中核です。マークXのポジション──FR、V6、手頃な中古価格、ハイソカーの正統な末裔──を完全に引き継ぐモデルは、新車市場には存在しません。だからこそ、現存する個体の希少性が、年を追うごとに増していくのです。

まとめ

マークXは、消えた。だが、消えたのは「新車として」だけだ。

マークⅡから始まる51年の系譜は、いま中古市場のあちこちで、まだ走っている。誰かのガレージで、今夜も誰かがV6の鍵をひねっている。SUVの背丈が街を覆い、ハイブリッドの静粛性が無音に近づく時代に、低く構えたFRセダンを選ぶことは、もしかしたら静かな抵抗のかたちなのかもしれない。だがそれは、過去にしがみつくことではない。「自分の物語の続きを、自分で書く」という、ごく普通の選択だ。

マークXが消えても、あの灯は、誰かのガレージで静かに燃え続けている。──そう、僕は信じている。あなたのガレージには、その火を受け入れる余白が、まだ残っているだろうか。

執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)

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