NDロードスターという、軽さの処方箋。幌とRF、990S・NR-A・RSの違いと中古相場、カスタムの定番まで

マツダ

屋根を開けて走り出した、最初の数秒のことを、僕はよく覚えている。

顔の上に、いきなり空が広がった。
風が髪を巻き上げ、エンジンの音が、フロントガラスの上を越えて直接耳に届いてくる。

不思議なもので、その瞬間、肩からすっと力が抜けた。
仕事のこと、家のローンのこと、明日の段取り。
そういう「重さ」が、開いた屋根の隙間から、いっしょに抜けていった気がした。

NDロードスター
マツダが作った、4代目のロードスターだ。世界でいちばん売れた2シーターオープンの、最新の血筋にあたる一台でもある。

2シーターで、荷物もろくに載らない。後席もなければ、トランクも小さい。実用性で言えば、ほぼ零点だ。家族が増えれば、真っ先に手放す候補にもなるだろう。こんな車は無駄だ、と笑う人もいるだろう。その気持ちも、痛いほどわかる。

でも、と僕は思うのだ。
その「無駄」こそが、忙しさに追われる大人の僕らに、いちばんよく効く、軽さの処方箋なのだと。

屋根を開けると、肩の力が抜ける──NDロードスターが取り戻した軽さ


ロードスターという車の歴史は、ずっと「軽さ」との対話だった。

1989年に初代のNAが世に出てから、NB、NCと世代を重ねるたびに、ロードスターは少しずつ大きく、重くなっていった。安全基準や快適装備を背負い込めば、それは避けられない宿命でもある。世界中で愛される車になればなるほど、車体は立派になっていく。多くの名車が、そうやって最初の軽やかさを手放してきた。

その4代目であるNDで、マツダは原点に立ち返った。先代のNCが少しふくよかになっていた反動もあって、ND型は徹底的に贅肉を削ぎ落としている。サイズを切り詰め、重量を削り、エンジンも欲張らず1.5リッターへ。流れに逆らって「小さく、軽く」を選んだ、勇気ある一台だった。

開発の現場では「グラム作戦」という言葉が使われたという。
ボルト一本、ブラケット一つの重さまで、執念深く見直していく。
そうやって削り取った数十グラムの積み重ねが、あの軽快な身のこなしを生んだ。

車重は、グレードによってはおよそ1トンを切る。
今どきのコンパクトカーより、はるかに軽い。
だから、わずかなアクセル操作にも、車が機敏に、そして素直に応えてくれる。

NDのアクセルペダルは、僕にとって「深呼吸のスイッチ」のようなものだ。踏めば、エンジンと一緒に肺が膨らむ。戻せば、ほっと息を吐く。車と呼吸が、いつのまにか重なっている。アクセル、ブレーキ、ステアリング、シフト。そのすべての操作が、自分の手足の延長のように感じられる。これは、軽くて小さい車だからこそ味わえる感覚だ。

峠でなくてもいい。なんでもない川沿いの道を、夕方にのんびり流すだけで、心が満たされる。コーナーのたびに、車が素直に鼻先を入れていく。その正直な反応を確かめながら走るだけで、ハンドルを握る時間が、ごちそうに変わっていく。

幌の開閉が、片手で、しかも信号待ちのあいだにできてしまうのも、ND(と歴代ロードスター)の凄みだ。多くのオープンカーが、屋根の開閉に電動モーターと数十秒の時間を要する。それに対してNDの幌は、ロックを外してひょいと後ろへ畳むだけ。慣れれば、赤信号が青に変わるまでの数秒で開けきれる。

天気が良ければ、思いつきで屋根を開ける。少し肌寒くなってきたら、また閉じる。その思いつきに、何のためらいもいらない。この「気軽さ」こそが、ロードスターを特別な日のための車ではなく、毎日の生活の相棒にしてくれる。週末の遠出だけでなく、近所のスーパーへの買い物でさえ、屋根を開ければ小さな冒険になる。

幌か、RFか──NDロードスターの2つの顔と前期後期の違い


NDロードスターを選ぶとき、最初にぶつかる分かれ道がある。
ソフトトップの「幌」か、それとも「RF」か、だ。

幌:1.5リッターの、軽やかな原点

幌のモデルが積むのは、1.5リッターの自然吸気エンジン。
最高出力は、おおむね130馬力ほど。数字だけ見れば、慎ましい。

でも、この1.5は「回して楽しい」エンジンなのだ。
2018年の商品改良では、7500回転近くまで気持ちよく吹け上がるよう中身が刷新され、6速MTのフィールにも手が入った。

非力だと言う人もいる。だが、軽い車体を、自分の右足だけで上手に転がしていく感覚は、馬力の数字では決して語れない。エンジンを高い回転まで回し切って、その音とともに加速していく。大パワー車なら一瞬で終わってしまう加速を、ND の1.5は、惜しむようにじっくり味わわせてくれる。使い切れる楽しさ。それが、このエンジンの何よりの価値だ。

RF:2.0リッターと、リトラクタブルの上質

一方のRFは、まったく別の人格を持っている。
RFとは「リトラクタブル・ファストバック」の略で、電動で格納するハードトップを備えたモデルだ。

積むエンジンは2.0リッター、184馬力。
屋根を閉じれば、上質なクーペのような静けさと佇まいになる。

幌が「軽さの原点」なら、RFは「大人の余裕」。同じNDでありながら、選ぶ顔によって、過ごす時間の色がまるで変わる。屋根を閉じたRFの、流れるようなファストバックのシルエットは、幌では出せない色気を持っている。トップを開けても両脇のピラーが残るため、半分閉じた、独特の包まれ感がある。

重量で言えば、ハードトップを背負うぶんRFのほうが重い。ロードスター本来の身軽さという一点では、幌に分がある。それでも、2.0リッターのゆとりと、上質な乗り味でRFを選ぶ人は多い。どちらが正解ということはない。あるのは、自分がどんな時間を過ごしたいか、という問いだけだ。

ちなみに前期と後期では、見た目こそ大きく変わらないが、中身は着実に進化している。
後期型ではDSC-TRACKのような走行モードが加わるなど、走りを段階的に磨いていける仕立てになった。
グレードごとの装備差を解説した記事などを見比べると、その違いがよくわかる。

990S、NR-A、RS──同じNDの、違う生き方

NDロードスターには、性格のはっきりした特別なグレードがいくつもある。

象徴的なのが、2022年に登場した990Sだ。
その名は、車重990キロに由来する。
990Sを解説したカーセンサーの記事によれば、最軽量グレードのSをベースに、軽さの楽しさを徹底的に追求した一台だ。

面白いのは、ブレーキやホイールにはこだわりつつ、最後の主役はあくまで「軽さ」だということ。
速さを足すのではなく、重さを引く。その思想が、グレード名そのものに刻まれている。

競技好きにはNR-Aがある。
ワンメイクレースのベース車として、素のままサーキットに持ち込める稀有な新車だ。
最上級のRSは、足回りを締め上げ、ワインディングでの一体感を磨いた、走りの本命と言っていい。

990Sに乗り換えた、学生時代の走り仲間が、こんなことを言っていた。

「ブレーキを良くしたんじゃない。車を軽くしたら、ブレーキも、ハンドルも、全部いっぺんに良くなったんだ」

軽さは、すべてに効く薬だ。彼の言葉は、ロードスターという車の本質を、一言で言い当てていた。車を速くしようとすると、人はつい馬力を足したくなる。だがマツダは、その逆を行った。重さを引けば、加速も、止まる性能も、曲がる気持ちよさも、すべてが同時に良くなる。990Sは、その哲学を一台のグレードとして証明してみせた。

最上級のRSは、ビルシュタインのダンパーや補強で身体を引き締めた、走り重視の仕立て。NR-Aは、競技の現場で鍛えられる素質を最初から備えている。同じNDという土台の上に、これだけ性格の違う生き方が用意されているのは、それだけこの車を真剣に走らせる人が多い証拠でもある。

いじってこそ、ND──ホイール・車高調・マフラーという対話


NDロードスターを語るうえで、避けて通れないのが「カスタム」の文化だ。

ホイール、車高調、マフラー、エアロ。
ND乗りほど、自分の手で愛車をいじる人が多い車も、なかなか珍しい。

面白いのは、その多くが「速くするため」ではないことだ。
お気に入りのホイールに替える。車高をほんの少し落として、構えを整える。
マフラーを替えて、1.5の音に自分だけの表情を与える。

  • ホイール:軽さを損なわない、定番の鍛造銘柄が人気。バネ下の軽さは、乗り味に直結する
  • 車高調:過激に落とすより、見た目と乗り味の両立を狙う層が多い
  • マフラー:大音量より、回したときの心地よさを求める傾向
  • 幌・内装:シフトノブやステアリングなど、触れる場所に手を入れる人も多い

パーツの選択肢が驚くほど豊富なのも、ND の強みだ。長く作られ、世界中で愛されてきたからこそ、純正品も社外品も、選び放題と言っていいほど揃っている。これは、長く付き合ううえで、思いのほか大きな安心になる。

正直に告白すると、僕はこの「非力なエンジンを、軽さで磨いていく」文化が、たまらなく好きだ。
馬力という分かりやすい物差しから、少し外れたところで遊んでいる。
その粋が、いかにもロードスター乗りらしい。

あるオフ会で、ホイールも車高もバラバラのNDがずらりと並んでいるのを見た。けれど、その場でパワーの自慢をしている人は、ひとりもいなかった。彼らが夢中で話していたのは、「どの峠の、どのコーナーが気持ちいいか」ということだった。タイムでも、最高速でもない。気持ちよさという、数字にならない価値を、皆が真剣に語り合っていた。

カスタムというと、派手に速くすることだと思われがちだ。だがND乗りのいじり方は、もっと内向きで、もっと丁寧だ。自分の感覚にぴったり合う一台へ、少しずつ近づけていく。完成形のない、終わらない対話。その時間そのものが、この車を所有する喜びの一部になっている。

中古相場・燃費・馬力という、屋根のない現実


ロマンの話ばかりでは、車庫は埋まらない。現実の話もしておこう。

NDロードスターの中古は、いま選択肢が豊かだ。
2015年から長く作られてきたぶん、年式も価格帯も幅広い。
手の届きやすい初期の幌から、新しめのRFや990Sまで、予算に応じて選べる。

燃費も、実はこの車の隠れた美点だ。1.5リッターの幌なら、軽い車体も手伝って、スポーツカーとしてはかなり優秀な数字を出す。週末に思いきり走って楽しんでも、財布に過剰な負担をかけない。「楽しくて、しかも燃費もいい」というのは、毎日付き合ううえで地味に効いてくる魅力だ。維持費という観点でも、特別に身構える必要はない。国産車らしい部品供給の安心感も、長く乗るうえでは大きな支えになる。

馬力については、もう正直に言ってしまおう。
1.5の幌は、絶対的なパワーで人を黙らせる車ではない。

でも、それでいい。
このサイズと軽さなら、130馬力ほどでも、公道では十分すぎるほど楽しい。
むしろ、使い切れる楽しさこそが、ロードスターの設計思想そのものなのだ。

家族のために実用車を選んだあなたを、僕は心から尊敬する。
その選択は、まぎれもなく正しい大人のものだ。
ただ、二台目に、あるいはいつかのご褒美に、こういう軽い相棒がいてもいい。

数字じゃない、空の色だ──いまNDロードスターに乗る意味


世の中の車は、年々大きく、重く、賢くなっていく。

それは素晴らしいことだ。安全も快適も、確かに進化している。
僕は、その流れを否定するつもりはまったくない。

ただ、その大きな流れの中で、NDロードスターのような車は、少しずつ希少になっている。小さくて、軽くて、屋根が開く。馬力で人を威圧しない車。そういう一台を、世界的にきちんと売れる形で作り続けているのは、いまやマツダくらいかもしれない。これは、当たり前のようでいて、本当はとても得がたいことだ。

20代の頃、僕は速さばかりを追いかけていた。最高速や馬力の数字に、胸を張れる気がしていた。でも年を重ねて、わかってきたことがある。本当に記憶に残るのは、数字ではなく、その日の風や、空の色や、隣に座っていた人の笑い声だということを。

けれど、だからこそ思うのだ。
速さや大きさの数字をいくら積み上げても、埋まらない何かがあることに、人はどこかで気づいている。

信号待ちで、ふと屋根を開ける。
夕暮れの空の色が、そのまま視界いっぱいに飛び込んでくる。
その一瞬の豊かさを、NDロードスターは、当たり前のように差し出してくれる。

よくある質問

幌とRF、どちらを選べばよいか。

軽さと開放感、そして気軽な屋根の開閉を最優先するなら、1.5リッターの幌。静粛性や上質さ、クーペのような佇まいを求めるなら、2.0リッターのRF。性格がはっきり分かれるので、できれば両方に試乗して、自分の過ごしたい時間に近いほうを選ぶのがいい。

990SとNR-Aは、何が違うのか。

990Sは車重990キロを名に冠した、軽さの楽しさを突き詰めた特別仕様。NR-Aはワンメイクレースのベース車で、素のまま競技に出られる硬派なグレードだ。日常で軽快に楽しむなら990S、サーキットを視野に入れるならNR-A、という選び分けになる。

前期と後期では、どこが違うのか。

外観に大きな差はないが、中身は着実に進化している。1.5エンジンの吹け上がりやMTのフィールが改良され、後期型には走行モードなどが追加された。長く付き合うなら後期型が無難だが、価格を抑えたい人には前期型も十分に魅力的だ。

1.5の幌は、遅いのか。

絶対的なパワーで圧倒する車ではない。だが、軽い車体を右足だけで気持ちよく転がせるため、公道では非力さを感じる場面はむしろ少ない。使い切れる楽しさこそがロードスターの本質で、馬力の数字だけで判断するのはもったいない。

中古の狙い目は、どこか。

予算と過ごし方しだいだ。気軽に始めたいなら初期の幌、長く乗るなら改良の進んだ後期、軽さを味わい尽くしたいなら990S。価格より「どんな時間を過ごしたいか」で選ぶと、後悔が少ない。試乗して、心が動いた一台。それが、あなたにとっての正解だ。

まとめ


速い車は、いい。大きくて快適な車も、いい。

でも、軽くて屋根の開く車にしか出せない、特別な時間がある。

肩の力が抜けて、空がいつもより広く見える。胸の奥で、忘れていた何かが、もう一度ゆっくり動き出す。そういうかけがえのない瞬間を、NDロードスターは、屋根を開けるという簡単な動作ひとつで、惜しみなく差し出してくれる。

あなたが最後に、空を見上げながら運転したのは、いつだろう。

執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)

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