20代の終わり、長野の山中で霧雨が降っていた夜のことを、僕はよく思い出す。
シルビアのリアウィンドウに、細かい水滴が散る。タコメーターの針は4500rpmを刺したまま、コーナーをひとつ抜けたばかりだった。──そのとき、ヘッドライトの先に、一台の白いSUVが浮かんだ。
低い車高ではない。むしろ視線の高さは、僕より明らかに上だった。水平対向の不等長エキマニ独特の、乾いた咆哮。リアエンドが沈み、コーナーに吸い込まれるように消えていく。
気がつけば、僕のシルビアでは追いつけなくなっていた。
あれが、僕とフォレスターSH5の最初の出会いだった。正確にはSG5前期だったかもしれない──あの夜の記憶は、もう霧の中だ。
確かなのは、あの夜から、僕の中で「SUV」という言葉の重みが、はっきりと変わったということだ。
あの夜、僕のシルビアはフォレスターに置き去りにされた

追いつけなかったという事実が、悔しかったわけじゃない。
むしろ、僕はある種の安堵を感じていた。「ああ、ここにまだ、こういう車があったか」と。FRのS14でドリフトの真似事ばかりしていた僕は、無意識のうちに「速さ=後輪駆動」という、偏った世界観に閉じこもっていた。
──その閉じた世界の壁を、フォレスターは音もなく超えていった。
水平対向4気筒ターボ、シンメトリカルAWD。EJ20というエンジンの名は、当時の僕でも知っていた。だが、それが雪と霧雨の山道で、これほどまで違う表情を見せるとは、自分の体で味わうまで分からなかった。
未舗装路、轍の残る林道、轍に溜まった雨水。そういう路面に踏み込んだ瞬間、フォレスターは別の生き物になる。四つの脚が同時に大地を踏みしめる、四足獣のリズム。FRの俊敏さでは届かない領域に、彼らは涼しい顔で入っていく。
家に帰って、僕はすぐスバルのカタログを取り寄せた。SG5型2.0XT、最高出力250PS/6,000rpm、最大トルク34.0kgm/3,600rpm。EJ20の系譜を辿れば、フォレスターのターボは2.0Lで250馬力という、当時の自主規制ぎりぎりの火薬庫だった。
だが、と僕はカタログを眺めながら思った。
数字よりも、あの夜の音だ。あの咆哮こそが、僕がSH5に置き去りにされた本当の理由だった。
フォレスターという名前の由来──ストリーガという幻の魔女から、森へ

フォレスターは、最初から「フォレスター」だったわけじゃない。
1995年の東京モーターショーに、スバルは「Streega(ストリーガ)」というコンセプトカーを出展した。スバル公式のヒストリーでも触れられている、あのSUVである。
ところが、Streegaという響きには、罠があった。イタリア語のStrega──魔女、を連想させる。欧州の文脈では、魔女には暗い歴史がついて回る。
「コンセプトカー名Streegaはイタリア語のStrega(魔女)に近く、欧州市場での印象を考慮し、市販車では無関係なFORESTERへ改名された」
スバルは、市販化の直前で、その名前を捨てた。捨てて、選び直したのが「FORESTER」──森に住む人、森を育む人、森に住む動物、という英語だった。
これは、単なる商品名の変更ではない。「魔女」という挑発的なファンタジーから、「森に住む人」という静かな哲学へ。スバルは、車の人格そのものを設計し直したのだ。
1997年2月、初代SF系として市販化される。インプレッサのプラットフォームに5ドアモノコックボディを架装した、当時としては珍しいクロスオーバー。レガシィアウトバックの2年後、スバルが「乗用車の延長線上にあるSUV」という新しい場所を切り拓いた瞬間でもあった。
森に住む人。──その名前を、スバルは28年かけて磨き続けている。
SF・SG・SH・SJ・SK──歴代フォレスターを貫いた、たった一つの背骨

歴代フォレスターを語るうえで、世代の変遷は避けて通れない。だが、それぞれの世代を「カタログスペックの羅列」で並べても、橘譲二の文章にはならない。
代わりに、それぞれの世代に「あの時代の温度」を重ねて見ていきたい。
SF/SG──ステーションワゴンの延長から、ターボの祝祭へ
初代SF(1997年〜)は、ステーションワゴンの延長として始まった。屋根を少し高くして、最低地上高を稼ぎ、AWDを与える。発想は、素朴だった。
2代目SG(2002年〜)は、その素朴さを祝祭に変えた。前期型2.0XTの250PS仕様は、当時の2.0L 4気筒ターボとして異次元の出力を持っていた。後にメーカー間の自主規制で220PSにデチューンされるが、それまでの数年間は、ある種の祭りだった。
僕が長野の山中で出会ったのも、まさにこの世代だ。
SH/SJ──家族の生活へ、深く沈降した世代
3代目SH(2007年〜)で、フォレスターは大きく舵を切った。デザイン主査・石井守の手で背を高くし、室内空間を広げ、家族のためのSUVへ近づいていく。荒々しさよりも、安心感が前に出てきた世代だ。
4代目SJ(2012年〜)は、さらにその方向を深める。「SUVとしての本質的な価値の実現」という開発テーマのもと、走破性とユーティリティを両立。一時期、スポーツモデルがNAのみになり、僕ら走り屋OBは「ターボはもう来ないのか」と、ガレージの奥でぼやいていたものだ。
SK──大人になったフォレスター
5代目SK(2018年〜)で、フォレスターは完全に大人になった。スバル・グローバル・プラットフォーム(SGP)で全面新設計され、剛性と静粛性が一段上がる。後に1.8L直噴ターボDIT、e-BOXERマイルドハイブリッドが追加され、走りと環境性能の両立が現実のものとなった。
2023年8月にはSTI Sportが追加される。webCGの試乗記でも触れられている通り、日立Astemo製のSFRD(振動感応型ダンパー)を前に採用し、低周波で減衰高、高周波で減衰低という、かなり手の込んだ脚をまとった世代だった。
こうして並べてみると、面白いことに気づく。世代が変わるたびに、フォレスターは「家族へ近づき」、「大人になり」、「静かになっていく」。けれど、その背骨にあるシンメトリカルAWDだけは、初代から一度も変わっていない。
新型フォレスターSL型、ストロングハイブリッドが運ぶ静かな夜

そして、2025年4月17日。6代目SL型が、国内デビューした。
先日、僕は知人の伝手でSL型のPremium S:HEVを夜中に試乗する機会を得た。場所は奥多摩の山道。雨上がりで、路面が黒く光っていた。
イグニッションを押す。──音が、しない。
EJ20の咆哮はもう、ない。当たり前だ。SL型の心臓は2.5L水平対向4気筒に2モーター式ストロングハイブリッド「e-BOXER S:HEV」を組み合わせた、完全に新しい時代のものだ。スバル公式の言葉を借りるなら、コンセプトは「ADVENTURE FOR YOU. いつでもどんな冒険へも出かけたくなる」。
アクセルを軽く踏む。トルクが、シートを通して背中の中央に伝わってくる。モーターが先行して四輪を押し出し、エンジンが遅れず加わる。──滑らかだ。気持ちが悪いほど滑らかだ。
正直に告白する。
僕は、SL型の試乗が始まった最初の30秒、戸惑った。あまりに静かで、あまりに整っていて、僕の体に染み込んだフォレスターのリズムが、どこにも見つからなかったからだ。
──だが、林道に入った瞬間、それは戻ってきた。
濡れた落ち葉の上、シャンと前足を出すような立ち上がり。轍を斜めに踏んだとき、姿勢を崩さず四つの脚で受け止める粘り。SFRDの進化形と思われるダンパーが、低周波の揺れを噛み殺していく。
EJ20の咆哮はもうない。けれど、四つの脚が大地を踏みしめるあのリズムは、確かに残っている。
カタログ燃費は18.4〜18.8 km/L。僕の試乗では、街と山を半々で15.6 km/L。家族車として、十分すぎる数字だ。アイサイトXの渋滞時ハンズオフは、雨の高速で「これは便利だ」と、つい笑ってしまった。
進化を否定するつもりはない。ただ、僕の青春は、あのEJ20の音にあった。それだけのことだ。
なぜSH5ターボは、もう値下がらないのか──中古市場のリアル

最新のSL型を語る一方で、中古市場では奇妙なことが起きている。
SG/SHの2.0XT、ターボ仕様の値段が、もう下がらない。
先月、関東の馴染みのスバル専門中古車屋を訪ねた。そこの店主は、僕がS14を売った10年以上前から付き合いのある男だ。バックヤードに、SH5の前期2.0XTが2台、商談中の札を提げて停まっていた。
彼はこう言った。
「SH5・SG5のターボは、もう値下がらないよ。状態のいい個体は、半年前と同じ値段で売れていく。買いに来るのは、欧州ホットハッチを検討してた30代が多い。彼らは燃費じゃない、別の物差しで車を見てる」
──燃費じゃない物差し。
僕は、その言葉を反芻しながら帰路についた。確かに、いま街中で見かけるSUVの大半は、燃費とコスパで語られている。けれど、その物差しから外れた場所で、SG/SHを選んでいる人たちがいる。彼らは、何を見ているのか。
おそらく、エンジンの咆哮、ステアリングの応答、雪の朝の確かさ。スペックシートには載らない、五感の手触りだ。
もしSH5やSG5を中古で本気に検討するなら、いくつか見てほしいポイントがある。
- エンジンルームの匂い:オイル滲みより、整備の手の跡。最近触られている匂いがするか
- EJ20ターボの吹け上がり:アイドリングからの立ち上がりに、引っかかりや息継ぎがないか
- シンメトリカルAWDの異音:Uターン時にコトコト鳴かないか、リアデフからの異音
- 足回りの初期動作:段差を超えるとき、いきなりドンと来ないか
- 整備記録簿の充実度:何より、誰が、どう育ててきた個体なのか
クルマには、人と同じように履歴が宿る。それを大切にしてきたオーナーから受け継いだ個体は、きっと、あなたの手の中でも長く走ってくれる。
フォレスター ウィルダネスは、いつ僕らの森に現れるのか

もう一つ、見過ごせない動きがある。
北米では、2022年のアウトバックを皮切りに「Wilderness(ウィルダネス)」というオフロード強化シリーズが展開されてきた。フォレスターにもそれが及び、Car Watchの紹介記事でも報じられている通り、最低地上高を約233mmまで引き上げ、ヨコハマGEOLANDARのA/Tタイヤと専用コイルスプリングを纏った姿で登場した。
これは、明確に「森に住む人」という車名への、原点回帰だ。
都市型SUVがどこを向いてもクロスオーバーになり、SUVの輪郭が霞んでいく時代に、ウィルダネスは黙って林道へ顔を向けている。スバルは、街での快適と森での確かさ、その両方の可能性を、捨てていなかった。
日本導入については、現時点でスバルからの公式発表はない。ただ、Motor-Fanの観測記事では、2026年6月の国内導入が前倒しで計画されているとも報じられている。あくまで観測情報であり、確定ではない。
それでも、そう聞いただけで、僕は少し胸が高鳴った。森に住む人が、また一台、日本のガレージにやってくるかもしれない、というだけで。
「フォレスターはやめとけ」という声に、僕が言いたいこと

検索窓に「フォレスター」と打ち込むと、しばしば「やめとけ」というサジェストが出てくる。
僕は、それを否定する気はない。
街乗りしかしない、燃費を最優先したい、車体の大きさが取り回しに合わない──そういう人にとって、フォレスターは確かに「やめとけ」でいい。世の中には、もっと素直に小さくて燃費のいい選択肢が、たくさんある。
家族のためにミニバンを選んだ。子どものためにコンパクトSUVに乗り換えた。それは間違いなく、正しい大人の選択だ。誰にも責められる理由はない。
──ただ。
雪国に住んでいる。週末に林道に分け入りたい。家族と荷物を一気に運びつつ、自分の中の小さな火種も消したくない。そういう注文を、一台でまるごと引き受けてくれる車は、実はそんなに多くない。
その細い条件の交差点に、フォレスターは静かに立っている。
僕にとって、フォレスターという車は、舗装路と林道の境界線を、丁寧に書き直す消しゴムのような存在だ。アスファルトと土の間にあった「越えてはいけない線」を、ふっと薄くしてくれる。
「やめとけ」と言われても、僕は黙って、その消しゴムを握っていたい。
よくある質問
新型フォレスターSL型と旧SK型、どちらを買うべきですか?
用途で分かれる。最新のストロングハイブリッドと運転支援、長期所有を考えるならSL型。価格を抑えつつ選択肢の幅で選びたい、あるいは敢えてe-BOXERや1.8L直噴ターボDITを楽しみたいならSK型の中古が現実的だ。雪国・林道メインなら、SK後期の状態のいい個体は、いまも十分な戦力になる。
フォレスターの実燃費は、どのくらいですか?
SL型 S:HEVのカタログ燃費は18.4〜18.8 km/L、僕の街と山道を半々で走った試乗では15.6 km/Lだった。SK型e-BOXERは13〜15 km/L、SK型のDITターボや旧SH/SGターボでは10〜12 km/L程度を見ておくと現実的だ。
SH5ターボを今買うのは、現実的ですか?
個体次第だ。年式は約15年以上前だから、機械としては「育てられ方」が全てを決める。整備記録簿の充実度、過走行よりも履歴の細かさ、ECU書き換えやサーキット走行歴の有無を確認したい。値段で決めず、一台一台の表情を見て選ぶ前提なら、十分にアリだ。
フォレスター ウィルダネスは、日本で買えるようになりますか?
2026年5月時点で、スバルからの公式発表はない。一方で複数の自動車メディアが、2026年6月の国内導入を観測情報として報じている。確定ではないため、続報を待ちつつ、まずは正規ディーラーへ問い合わせておくのが安全だ。
アイサイトXは、付けるべきですか?
高速や都市部の渋滞が多い使い方なら、ハンズオフ走行ができるアイサイトX相当のグレードは、価格差に見合う価値がある。山道や近所中心なら、標準アイサイトでも十分な働きをする。試乗で渋滞時の挙動を一度体験してから決めると、後悔は少ない。
まとめ
フォレスター──。
1997年に「森に住む人」という名前を授かった一台のSUVが、28年の時間をかけて、いまも僕らの前に立っている。EJ20の咆哮は静かなe-BOXER S:HEVに姿を変え、北米から逆輸入されるかもしれないウィルダネスが、また新しい森を呼び寄せようとしている。
家族のためにミニバンを買った。子どものためにSUVに乗り換えた。それは正しい選択だ。だけど、ガレージにフォレスターが眠っていてもいい。それは、誰の生活も邪魔しない。むしろ、毎週末そこにあるだけで、雪の朝の空気が、林道の落ち葉の匂いが、そっと心に戻ってくる。
あなたのガレージのドアを、今夜、もう一度開けてみてもいい。森は、まだそこにある。
執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)



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