フォルクスワーゲンゴルフが“世界の基準”であり続けた理由

輸入車

友人から、報告のメッセージが届いた。

「長く乗ったミニバンを、そろそろ買い替える」。子育てがひと段落して、毎日大人数を乗せる必要もなくなった。次は何にするのか、と僕は返した。

その問いの裏で、僕は勝手に、彼の答えを決めつけていた。どうせまた、無難で実用的なクルマだろう、と。走る歓びは、僕らの世代の多くが、家族のためにどこかで手放してきた。彼もそうだろう、と。

ミニバンを選んだとき、実用車を選んだとき。僕らは心のどこかで、一本の線を引く。こちら側が現実の暮らし、向こう側が、もう戻れない青春。その線は、当たり前のように引かれる。

でも、本当にその線は、引かなければならなかったのだろうか。今夜は、フォルクスワーゲンゴルフという一台を通して、その問いに向き合ってみたい。とくに、GTIと名のついたグレードの話を。

フォルクスワーゲンゴルフは、会社の方式そのものを変えた一台だった


ゴルフというクルマを、「無難な実用ハッチバック」と一言で片づける人は多い。だが、その出自を知ると、その言葉は少し軽すぎる、と思えてくる。

ゴルフが世に出る前、フォルクスワーゲンの屋台骨を支えていたのは、あのビートルだった。空冷エンジンを車体の後ろに積む、愛嬌のある大衆車。だが、時代が進むにつれ、その設計は競争力を失っていった。

そこでフォルクスワーゲンは、方式そのものを根本から作り変える決断をする。エンジンを前に置き、水で冷やし、前輪を駆動する。フォルクスワーゲン公式のゴルフジャーナルが「時代を変えた小さな革命」と呼ぶとおり、1974年に登場した初代ゴルフは、一台のモデルチェンジである以前に、会社の進む方向そのものの転換だった。

その初代のデザインを手がけたのは、イタリアの巨匠ジョルジェット・ジウジアーロ。Webモーターマガジンの記事が伝えるとおり、彼が引いた直線基調の造形には、無駄がなく、すべてが機能に忠実だった。コンパクトな外寸の中に、驚くほど余裕のある室内を収める。その合理の美しさが、半世紀を超えて歴代ゴルフの背骨であり続けている。

初代だけで約680万台。累計では、2017年までに3,000万台を超えた。ゴルフは「ちょうどいい」という、つかみどころのない感覚を、設計で定義してみせたクルマなのだ。その実用は、手を抜いた実用ではない。考え抜かれた末の実用だった。

日本でも、ゴルフは特別な意味を持ってきた。輸入車というものが、まだ一部の人だけの贅沢だった時代。ゴルフは、堅牢なつくりと扱いやすいサイズで、その敷居をぐっと下げてみせた。多くの日本人にとって、初めて触れたドイツ車がゴルフだった、という話は珍しくない。実用車でありながら、人の世界を少し広げる。そういう力を、このクルマは最初から持っていた。

実用ハッチバックを侮っていた僕が、GTIに脱帽した


正直に告白する。僕は長いあいだ、実用ハッチバックというものを、心のどこかで一段低く見ていた。

スポーツカーばかりを追いかけてきた人間の、悪い癖だ。ピュアスポーツこそが本物で、ファミリー向けのハッチバックは、走りを語る土俵には乗らない。そんな乱暴な物差しを、長く手放せずにいた。これは、僕の古くて狭いところだった。

その偏見を、静かに、しかし完全に崩したのが、ゴルフGTIだった。

GTIの生まれ方が、まず良い。グーネットマガジンの記事によれば、GTIは経営の大戦略から生まれたのではない。一部の社員が「スポーツゴルフ」というアイデアを思いつき、自分たちで試作車を組み上げ、経営陣にプレゼンしたのが始まりだという。1975年にフランクフルトで発表、翌1976年に発売。当初はわずか5,000台の限定生産の予定だった。それが、最終的に46万台以上にまで膨らんだ。

「GTI」の「I」は、インジェクション。燃料噴射装置を意味する。初代は1.6リットルの直列4気筒で110馬力。今の感覚では慎ましい数字だ。だが、GTIが人々の心を撃ち抜いたのは、馬力だけではなかった。チェック柄のシート生地。ゴルフボールを模した、丸いシフトノブ。実用車に、堂々と「遊び心」を持ち込んだこと。それが、このクルマを単なる速い実用車から、ひとつの文化へと押し上げた。

学生時代の走り仲間に、Hという男がいる。長く家族のためにミニバンに乗ってきた彼が、子育てを終えて選んだ次の一台が、ゴルフGTIだった。理由を聞いて、僕は胸を打たれた。

家族も荷物も、ちゃんと乗る。なのに、運転している自分がいちばん楽しいんだ。ミニバンを買ったときは、走る歓びはもう諦めるものだと思ってた。でもGTIに乗って、諦めなくてよかったと思ったよ。一台で、両方やれるんだ。

この「一台で、両方やれる」という一言が、僕の頭から離れない。

GTIは、実用と情熱のあいだに引かれていた一本の線を、一台のクルマで消してみせた。あちらに実用、こちらに情熱、と分けて二台を持つのではない。一台の中で、両方が当たり前に同居している。1976年から、このクルマはずっとそれをやってきた。僕が一段下に見ていたカテゴリーの王者は、僕よりずっと前から、答えを知っていたのだ。

ホットハッチという発明──実用車に遊び心を持ち込むこと

GTIが切り拓いたこのジャンルは、のちに「ホットハッチ」と呼ばれるようになった。

ふつうの実用ハッチバックの顔をして、追い越し車線では本格的なスポーツカーに引けを取らない。週末は家族を乗せ、平日の夜は自分のために峠を流す。その二面性を一台で成立させる、という発明。今では当たり前に思えるこの考え方を、最初に世に問うたのがゴルフGTIだった。

元祖、という言葉には重みがある。後から続くものは、たいてい元祖を超えようとする。だがゴルフGTIは、半世紀にわたって元祖の座に居続けた。それは、最初の答えがそれほど正しかった、ということの何よりの証明だ。

GTIの上へ。R32とゴルフR、四駆がくれたもう一段の世界


ゴルフの懐の深さは、GTIで終わらない。その上に、もう一段の世界が用意されている。

2002年に登場した、ゴルフR32。ユニバースの解説によれば、これはGTIのさらに上を行くプレミアムスポーツとして企画された一台だ。

心臓部が、まず変わっている。積まれているのは、3.2リットルのVR6エンジン。VR6とは、V型のバンク角をわずか15度まで詰めた「狭角V6」のこと。直列6気筒のような滑らかな鼓動を、4気筒並みのコンパクトさで成立させた、変わり種の名機だ。241馬力を、四輪駆動システム「4MOTION」で四本のタイヤに分け与える。世界で1万2000台の限定生産だった。

このR32の系譜が、現代のゴルフRへとまっすぐつながっている。GTIが前輪駆動のホットハッチなら、R32とRは、大きな力を四輪で受け止めるオールラウンダー。同じゴルフという名のもとで、情熱の度合いを、自分の手で選べる。標準モデルの実直さから、GTIの愉しさ、そしてRの本気まで。ひとつの車名の中に、これだけの幅が用意されているクルマは、そう多くない。

僕がこの「段階を選べる」という設計に感心するのは、それが読者の人生そのものに重なるからだ。若い頃は標準モデルで通勤し、子育てが落ち着けばGTIで峠を流し、もう一段の余裕ができたらRに手を伸ばす。同じ車名のまま、自分の人生の章が変わるたびに、ふさわしい一台が用意されている。クルマを乗り換えても、ゴルフという家からは出なくていい。そういう懐の深さを持つ車種は、世界を見渡しても、本当に数えるほどしかない。

VR6が低くこもるように吹け上がっていく、あの太い音を一度聞けば、「実用ハッチに本気の走りはない」という思い込みは、もう口から出てこなくなる。ゴルフは、実用の顔をしながら、走りの本気をずっと懐に隠し持っていた。

中古でゴルフを選ぶなら。世代ごとの顔と、狙いどころ


ここからは、財布を握った現実の話をしたい。ゴルフは中古でも狙いやすいクルマだが、世代ごとに顔が違う。

馴染みの輸入車専門店で、店長とこんな話をした。「ゴルフを買いに来る人は、本当に幅が広いんだよ」と彼は言う。初めて輸入車に乗る若い人もいれば、いろいろなクルマを乗り尽くした末に「結局、これでいい」と戻ってくるベテランもいる。初めての一台にも、最後の一台にもなれる。そんなクルマは珍しい、と。

2代目という旧車、7代目という現実解

世代を、ざっと整理しておきたい。

  • 2代目(Mk2):1983年から1992年。日本の5ナンバー枠に収まる扱いやすいサイズで、当時の日本で大ヒットした。今は旧車として根強い人気があり、専門店まで存在する。総額100万円前後から
  • 7代目(Mk7/7.5):日本では2013年から。新世代プラットフォームMQBを採用し、走りと安全装備を磨いた。中古の流通量が最も多く、本体価格100万〜140万円前後。コストパフォーマンスの現実解
  • 8代目(Mk8):2019年から2020年以降。デジタル化を進め、48Vマイルドハイブリッドを主軸に。相場は200万円台から

そして、店長はこう付け加えた。「GTIだけは、別格だね。同じ世代でも相場が落ちにくい。走りを知っている人が、指名で探しに来るからだよ」。手放されにくいクルマには、理由がある。その理由を、価格表の数字の奥に読みにいくこと。

機械的なチェック点は、輸入車として一般的なものだ。年式の進んだ個体での電装系の状態、各部からのオイル滲み、そして何より、整備の記録がきちんと残っているか。これは、どんな中古車にも共通する、いちばん確かな物差しになる。後悔は、車種からではなく、確認を省いたところから生まれる。

もうひとつ、世代を選ぶときに思い出してほしいことがある。新しいほうが偉い、とは限らない、ということだ。2代目には、装備をそぎ落とした時代ならではの、軽やかで素っ気ない味がある。7代目には、現代の道具として不満のない完成度がある。どちらが上ではない。あなたが、ゴルフという一台と、どんな時間を過ごしたいか。その問いに正直に答えれば、選ぶべき世代は、自然と一つに絞られてくるはずだ。

フォルクスワーゲンゴルフが、半世紀ぶれなかったということ


ゴルフは、長く「クルマのメートル原器」と呼ばれてきた。

メートル原器とは、長さの基準となる、たった一本の物差しのことだ。新しいハッチバックが世に出るたび、評論家はこう書く。「ゴルフと比べて、どうか」。webCGの記事も触れているとおり、ゴルフは比較される側ではなく、比較の物差しそのものになった。これは、一台のクルマが受け取れる勲章として、最上級のものだと思う。

先日のオーナーズミーティングで、初代から現行8代目までのゴルフが、ずらりと一列に並んでいるのを見た。半世紀ぶんの世代交代が、そこにあった。

驚いたのは、どの世代も、遠目に「これはゴルフだ」と一目で分かることだった。Cピラーの角度、四角く実直なシルエット。流行に合わせて表情を作り替えるのではなく、芯を保ったまま、少しずつ良くしていく。変わらないために、変わり続ける。その一貫した姿勢に、僕はものづくりの誠実さを見た。

かつて空冷のビートルから水冷FFへと方式を一新したゴルフは、いま、電動化の時代にも、また静かに自らを更新している。8代目が主軸に据えた48Vマイルドハイブリッドは、その新しい一歩だ。基準であり続けるというのは、止まっていることではない。誰よりも誠実に、歩き続けることなのだ。

よくある質問

ゴルフGTIの「GTI」とは、どういう意味ですか?

「I」はインジェクション、つまり燃料噴射装置を意味する。GTIは1975年に発表され、1976年に発売された、日常も使えるスポーツハッチ「ホットハッチ」の元祖だ。初代は1.6リットル直4で110馬力だった。

ゴルフGTIとゴルフRは、何が違うのですか?

GTIは前輪駆動のホットハッチ。ゴルフR(その源流のR32)は、より大きな力を四輪駆動の4MOTIONで受け止めるプレミアムスポーツだ。R32は3.2L VR6・241馬力を積んでいた。情熱の段階が一つ違う、と考えると分かりやすい。

中古のゴルフは、どの世代がおすすめですか?

流通量とコストパフォーマンスのバランスなら、7代目(Mk7/7.5)が現実解だ。旧車としての味わいを求めるなら、5ナンバーサイズの2代目(Mk2)。新しさを求めるなら8代目。自分の予算と使い方に正直に選ぶのがいい。

ゴルフは、なぜ「ベンチマーク」と呼ばれるのですか?

新しいハッチバックが登場するたび、「ゴルフと比べてどうか」が語られるからだ。比較される対象ではなく、比較の物差しそのもの。長くその座にあり続けたことが、ゴルフという一台の実力を物語っている。

ゴルフは、ファミリーカーとして実用的ですか?

実用的だ。横置きエンジンのFFによる効率的なパッケージングで、コンパクトな外寸に余裕ある室内を収めている。さらに荷室を広げたワゴンの「ヴァリアント」もあり、家族の一台として十分に応えてくれる。

まとめ


走りを楽しむ車と、家族を乗せる車は、別物だ。あの友人のメッセージを読んだとき、僕はまだ、その思い込みの中にいた。

でも、フォルクスワーゲンゴルフという一台を、とりわけGTIを追いかけてみて、その線は、ずいぶん身勝手に引いたものだったと分かった。会社の方式を変えた初代の革命。社員の情熱から生まれ、半世紀、元祖の座に居続けたGTI。情熱の度合いを選ばせてくれるRの世界。そして、基準であり続けた一貫性。

──実用を選ぶことは、情熱を手放すことではない。

家族のため、暮らしのために、あなたが現実的な一台を選んできたのなら、それは正しい、賢い大人の判断だ。誰にも責められる必要はない。そのうえで、もし次の一台を考える日が来たら、思い出してほしい。実用と情熱は、二者択一ではない。一台で、両方を乗せられる。それを50年も前から証明してきたクルマが、ちゃんとある。

実用と情熱のあいだに引いた線は、今夜、一台のゴルフが、静かに消してくれる。

執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)

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