クラウンアスリートという、大人の答え──210系・200系の中古相場、3.5L V6の鼓動と、『アスリート』が消えた理由

トヨタ

深夜の高速道路。僕は、旧友のクラウンアスリートの助手席にいた。

低くこもるV6の鼓動が、シートの底から背中へ伝わってくる。窓の外を、オレンジの照明が等間隔で流れていく。運転席の友人は、多くを語らない。ただ、右足の繊細な動きだけで、車を滑らかに前へ進めていく。

二十数年前、僕とこの男は、安い中古のスポーツカーで夜の峠を走っていた。エンジンは騒がしく、内装は安っぽく、エアコンはいつも壊れかけていた。それでも、あの頃の僕らには、それがすべてだった。

あれから、彼は管理職になった。僕は言葉で生計を立てるようになった。立場も、体型も、走る道も変わった。それでも、こうして同じ車に並んで座っている。彼が選んだ一台は、クラウンアスリート。立派な大人の車だ。けれど、その助手席で僕が感じていたのは、懐かしい何かの気配だった──。

クラウンアスリートの助手席で感じた、二つ目の人格


正直に告白する。僕は長いあいだ、クラウンという車に偏見を持っていた。

高級セダン。立場の象徴。「いつかはクラウン」という言葉に代表される、どこか保守的で、走りとは縁の遠い世界。90年代の軽いスポーツカーで育った僕にとって、それは別の惑星の車だった。

その偏見が、友人の助手席で静かに溶けていった。

きっかけは、料金所を抜けた直後だった。彼が軽くアクセルを踏み込んだ瞬間、後輪が路面を確かに蹴り、車体がぐっと前へ押し出された。シートが背中をやわらかく受け止める。同時に、エンジンルームの奥から、低く伸びやかなV6の声が届いた。それは、僕がクラウンに対して抱いていたイメージとは、まるで違う音だった。

クラウンには、長いあいだ二つの人格があった。快適と伝統を受け持つ「ロイヤル」。そして、走りを受け持つ「アスリート」。アスリートというグレードがクラウンの印象をどう変えたかを解説した記事もあるほど、その存在は特別だった。同じ車名で、まったく性格の違う二人を用意する。考えてみれば、ずいぶん贅沢なことだ。

友人のアスリートは、その二つ目の人格そのものだった。それは、仕立てのいいスーツの下に、ランニングシューズを履いた男のような車だった。きちんとした顔をしている。礼儀も知っている。けれど、いざとなれば駆け出せる脚を、ちゃんと隠し持っている。

友人の運転で長距離を走ると、僕はよく助手席で眠ってしまう。揺れの角が取れていて、体に余計な負担が残らないからだ。それでいて、退屈ではない。コーナーのたびに、車がきちんと地面を捉えている感触が、シート越しに伝わってくる。眠れるのに、つまらなくはない。その同居は、案外むずかしい。アスリートは、それをさらりとやってのけていた。

あなたも、そんな車に乗ったことはないだろうか。あるいは、自分自身が、そういう生き方をしてはいないだろうか。

アスリートという名は、一度死んで蘇った


クラウンアスリートを語るなら、「アスリート」という名前そのものの物語を、外すわけにはいかない。

この名が初めてクラウンに与えられたのは、1983年のことだという。当時はスポーティな特別仕様としての登場だった。ところが、その名は長くは続かなかった。一度、カタログから静かに姿を消してしまうのだ。

名前が本格的に復活したのは、1999年。11代目クラウンでのことだった。トヨタ自身の歴史資料にも、この世代で「ロイヤル」と「アスリート」という二系統に整理されたことが記されている。8年ぶりの帰還だった。

そして、復活したアスリートの心臓は、生半可なものではなかった。

当時の最上級アスリートに積まれていたのは、1JZ-GTEと呼ばれる2.5リットルの直列6気筒ツインターボ。最高出力は280馬力。当時を振り返る記事によれば、前後で異なるサイズのスポーツタイヤまで履いていたという。高級セダンの顔をしながら、中身はまぎれもない走り屋だった。この11代目は、型式から「170系」とも呼ばれている。

その後も、アスリートの系譜は世代を重ねていく。2003年の12代目、いわゆる180系は「ゼロクラウン」と呼ばれ、クラウンそのものを一から見直した世代だった。2008年の13代目、200系では、3.5リットルV6という大排気量の選択肢が加わる。そして2012年、14代目の210系へ。世代を追うごとに、アスリートは「走れる高級セダン」という看板を、少しずつ磨き続けてきた。友人が選んだのは、その最後の世代だ。

考えてみれば、不思議な名前だ。アスリート。運動選手。高級セダンには、いささか似合わないようにも思える。だが、その違和感こそが狙いだったのだろう。重厚さの代名詞だったクラウンに、あえて躍動の名を与える。その挑戦は、1983年にはもう芽吹いていた。時代が、その名を一度しまい込んだだけなのだ。

一度消えた名前が、より強くなって戻ってくる。その物語に、僕は胸を打たれる。走りの灯は、消えたように見えても、また点くことがある。クラウンアスリートという名は、それを自ら証明してみせた車なのだ。

スペック表に書かれない、クラウンアスリートの手触り


友人のアスリートには、3.5リットルのV6が積まれている。2GR-FSEと呼ばれる、評価の高いエンジンだ。出力は300馬力を超える。後にレクサスの車にも展開された、一族の名機である。

けれど、僕がこの車で本当に好きなのは、その数字ではない。

一度だけ、彼がハンドルを預けてくれたことがある。「少し走ってみろよ」と。運転席に座り直し、アクセルにそっと足を乗せた。踏み込んでいくと、回転計の針が滑らかに駆け上がり、それに合わせてV6の声が、低音から伸びやかな高音へと表情を変えていく。乱暴な咆哮ではない。理性を保ったまま、それでも確かに胸を高鳴らせる音。大人の興奮の仕方を知っている音だと思った。

そして、重さ。クラウンアスリートは、軽い車ではない。けれど、その重さがコーナーで不思議な安定感に変わる。車体が低く沈み込み、タイヤが路面を逃さない。重量を、敵ではなく味方にしている。それは、若い頃の軽いスポーツカーとは、また違う種類の安心感だった。

クラウンアスリートは、後輪で地面を蹴って進む、FRと呼ばれる駆動方式を採る。ハンドルを切ると、まず前輪が向きを決め、後輪がその弧をていねいに追いかけていく。前輪で引っぱる車にはない、独特の素直さがある。大きな車体なのに、意外なほど思った通りに走ってくれる。その対話のしやすさが、長く運転しても疲れにくい理由のひとつなのだと思う。

快適なだけの移動なら、世の中にいくらでも選択肢がある。でも、僕らが本当に求めているのは、たぶんそれじゃない。ハンドルとシートを通じて、車と会話できているという手応え。それを、この高級セダンは静かに差し出してくる。

210系の前期と後期、そしてエンジンの選択肢

最後のクラウンアスリートとなった210系には、いくつかの顔がある。2012年に登場した前期型と、2015年以降の後期型。後期型では、ボディの剛性が強化され、内外装の質感も洗練された。中古で選ぶなら、後期型が薦められることが多い。

エンジンも一台ごとに性格が違う。官能のV6を味わうなら3.5リットル。日常とのバランスなら2.5リットルのV6や2.0リットルのターボ。燃費を重視するなら2.5リットルのハイブリッドという道もある。どれが正解ということはない。あなたの毎日と、あなたの気持ちが選ぶものだ。

ひとつ言えるのは、どのエンジンを選んでも、これはアスリートだということだ。系統そのものに、走りへの目配りが宿っている。だから、肩肘を張って最上級を狙う必要はない。背伸びをしない一台でも、クラウンアスリートはきっと、あなたの毎日に小さな張りを与えてくれる。

旧友がクラウンアスリートを選んだ理由


いつだったか、サービスエリアの自販機の前で、僕は彼に聞いてみたことがある。なぜ、この車を選んだのか、と。

彼は、缶コーヒーを片手に少し考えてから、こう言った。

「若い頃みたいなスポーツカーは、もう似合わないんだよ。立場ってものがある。かといって、ただ広いだけの実用車に乗る気にもなれなかった。アスリートはさ、ちゃんとした大人の顔をしながら、それでも走れるんだ。だから、これにした」

その言葉が、長く僕の中に残っている。

彼は、若い頃のスポーツカーを降りた。社会の中で立場を得て、それにふさわしい車を選んだ。世間の物差しで見れば、文句のつけようのない、立派な大人の選択だ。それは、まったく正しい。

でも、彼はそこで「走り」という言葉まで手放したわけではなかった。立派なセダンの中から、わざわざ走れる系統を選び取った。クラウンの中の、アスリートを。その小さなこだわりに、僕は彼の生き方そのものを見た気がした。

思えば、僕らはいつも、何かを選びながら生きてきた。20代では、走りを選んで多くを犠牲にした。40代のいま、彼は立場を選んだ。どちらが正しいという話ではない。ただ、彼はその二つを、一台の車の中で両立させようとした。アスリートという系統は、その欲張りな願いに、静かに応えてくれる存在だったのだ。

もしあなたが、立場や家族のために選んだいまの車を、心のどこかで「妥協の産物」だと感じているのなら。その感じ方は、少しだけもったいない。大切なのは、何に乗るかだけじゃない。その車と、どう走るかだ。立場相応の一台の中にも、走る歓びを見つけられる人は、何歳になっても本物の車好きなのだ。

ピンクのクラウンが教えてくれた、生まれ変わる勇気


クラウンアスリートが現役だった210系の時代、トヨタは面白いことをやってのけた。

2013年、トヨタはクラウンに、鮮烈なピンクの特別仕様車を設定した。その名も“ReBORN PINK”。高級セダンの王様に、桃のような色をまとわせたのだ。

これは、ただの色違いの話ではない。当時のトヨタは「ReBORN」、つまり「生まれ変わる」というキャンペーンを掲げていた。長いあいだ、クラウンは「年配の人の車」「重厚すぎる車」というイメージを背負っていた。その保守的な殻を、メーカー自身が壊しにいったのだ。

ピンクのクラウンは、2013年の9月、わずか1ヶ月だけ注文を受け付けた。トヨタが公表した受注結果によれば、その数はおよそ650台。しかも購入したのは、想像よりずっと若い世代や、女性が多かったという。

650台という数字は、爆発的な大ヒットとは言えないかもしれない。けれど、台数がすべてではない。あのピンクは、街を走るたびに人の目を引き、話題を呼んだ。クラウンは保守的だという思い込みに、小さな、しかし忘れがたい亀裂を入れた。広告を生業にしてきた僕には、その一手の鮮やかさが、痛いほどよく分かる。

自分のイメージを、自分で壊す。それは、簡単なことではない。守りに入ったほうが、ずっと楽だ。それでもクラウンは、生まれ変わろうとした。アスリートという走りの系統を持ち続けたことも、その勇気の一部だったのだと、僕は思う。

正直に言えば、大きく重い高級セダンは、いまでも僕の世界の中心にある車ではない。僕の青春は、もっと軽くて、もっと荒削りな車とともにあった。これは、僕自身の性分の問題だ。それでも、友人のアスリートには惹かれてしまった。深夜のサービスエリアで、磨き込まれた一台の隣に並んだとき、降りてきたのが思いのほか若い男だったのを覚えている。走りへの憧れは、世代を越えて、ちゃんと受け継がれている。

クラウンアスリートが消えても、その走りは終わらない


ここまで読んでくれたあなたは、もう知っているかもしれない。「クラウンアスリート」という名前は、いまの新車のカタログには、もう載っていない。

2018年、15代目クラウンへの世代交代のとき、「ロイヤル」も「アスリート」も、その名を終えた。長く続いた二系統の物語が、ひとつの区切りを迎えたのだ。走りの役割は、いまは「RS」というグレードが受け継いでいる。先代アスリートからの乗り換えを論じた記事でも、その継承の経緯が語られている。

ひとつの名前が役目を終えるのは、寂しい。素直にそう思う。けれど、それを誰かのせいにして責めるのは、僕の趣味ではない。クラウンは生まれ変わり続ける車だ。名前が変わることもまた、その宿命なのだろう。

そして、忘れずにいたいことがある。クラウンアスリートは消えたわけではない。中古車という形で、いまも全国の道を走っている。その相場が底堅いのは、この車を求める人が、それだけ確かにいるという証拠だ。走りの灯は、新車のカタログから消えても、街のどこかで点り続けている。

中古市場でのクラウンアスリート、とくに最後の世代である210系は、年式や状態によって価格に幅がある。手頃なものから、状態のいい個体まで、選択肢は意外と広い。気をつけたいのは、安さだけに目を奪われないことだ。走りに振った車は、それなりに走らされてきた個体もある。価格の数字より、その一台がどう過ごしてきたかを、じっくり見てやってほしい。

よくある質問

クラウンアスリートとロイヤルの違いは何ですか

大きく言えば、性格の違いだ。アスリートは走りに振った系統で、足まわりの味付けや内外装の雰囲気がスポーティにまとめられている。ロイヤルは快適性と伝統的な高級感を受け持つ系統だ。同じクラウンでも、目指している方向が異なる。走る歓びを少しでも求めるなら、アスリートを選ぶ意味がある。

クラウンアスリートは、なぜ廃止されたのですか

2018年の15代目クラウンへのモデルチェンジで、「ロイヤル」「アスリート」「マジェスタ」というグレード体系が整理されたためだ。プラットフォームが刷新され、全グレードの走行性能が底上げされたことが背景にあるとされる。走りの役割は、現在は「RS」というグレードが引き継いでいる。

クラウンアスリートは200系と210系、前期と後期でどう選べばいいですか

新しさを求めるなら、最後の世代である210系がいい。とくに2015年以降の後期型はボディ剛性が強化され、デザインや質感も洗練された。ひとつ前の世代の200系は、いまや価格がこなれており、3.5リットルV6を含めて選択肢が広い。210系の中でも、前期型は3.5リットルV6を選びやすく、後期型は全体の熟成が進んでいる。新しさを取るか、価格と官能のバランスを取るか。優先したいものしだいだ。

クラウンアスリートを中古で選ぶとき、注意する点は

走りに振った車だけに、負荷のかかる使われ方をした個体も混じる。保証のしっかり付いた車、整備の履歴がはっきりした車を選びたい。修復歴の有無も必ず確認したい。そして、可能なら必ず試乗して、自分の手と耳で、その一台の素性を確かめてほしい。

3.5L、2.5L、2.0Lターボ、ハイブリッド、どれを選べばいいですか

使い方と気持ちで決めていい。V6サウンドと官能を最優先するなら3.5リットル。日常との折り合いなら2.5リットルV6や2.0リットルターボ。燃費を重視するなら2.5リットルのハイブリッドという道がある。正解はひとつではない。試乗して、いちばん胸が高鳴った一台が、あなたの正解だ。

まとめ


友人の車だ。僕のものではない。所有したわけでも、買ったわけでもない。それでもクラウンアスリートは、助手席と、預けてもらった数十分のハンドルを通じて、僕に小さなことを教えてくれた。

大人になることは、走りを諦めることではない。立場にふさわしい一台を選びながら、その中に走る歓びを忍ばせることは、ちゃんとできる。クラウンアスリートという車は、それを長いあいだ、形にして示してきた。

あなたがいま選んでいるその車にも、走る靴は隠れているはずだ。たまには、少しだけ強く踏んでみてほしい──。

執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)

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