パジェロという、道が途切れた先の相棒──パリダカ12勝の記憶、中古ディーゼルの実力、2026年の新型復活

三菱

三菱パジェロ。その名前を聞いて、砂漠を駆ける一台の四駆を思い浮かべる人は、きっと少なくないはずだ。

先日、知人の家を訪ねたとき、その家の前に停まっていた一台に、僕は目を奪われた。2代目のパジェロ。車体には乾いた泥がはね上がり、荷室にはアウトドアの道具が無造作に積まれていた。磨き上げられた展示車ではない。いまも毎日、働いている車の顔だった。

この記事は、そのパジェロという車の話だ。1982年に生まれ、パリ・ダカールラリーで世界を驚かせ、2019年に一度その歴史を閉じ、そしていま、2026年の復活が三菱から表明されている一台。歴代の歩みから、中古ディーゼルの実力、新型パジェロの現在地まで。知人の泥だらけのパジェロの前に立ったまま、僕が考えていたことを書いていきたい。

知人のパジェロは、いまも現役の相棒だった


正直に告白する。僕は長いあいだ、舗装路の上を速く走る車ばかりを愛してきた。峠やサーキットが、僕の世界の中心だった。本格的なクロスカントリー4WDは、僕にとって少し遠い、別ジャンルの車だった。

その僕が、知人のパジェロの前で、しばらく動けなくなった。

理由は、その車の佇まいにある。知人のパジェロは、旧車として大切に飾られた一台ではなかった。山へ、雪道へ、舗装の切れた道へ。そういう場所へ知人を運び続けてきた、現役の相棒だった。車体のあちこちに、細かな傷がある。古いパジェロの車体についた傷は、職人の手の傷に似ている。隠すべき汚れではない。働いてきたことの証であり、むしろ誇っていい勲章だ。

1990年代、パジェロは爆発的に売れた。当時のRVブームの主役であり、「パジェロ」という名前は、そのまま本格四駆の代名詞のように使われた。四駆と言えばパジェロ。そう口にした人は、当時いくらでもいた。

けれど、知人のパジェロを前にして思うのは、台数や人気の話ではない。この車が、いまもなお現役で使われているという事実のほうだ。ブームは去る。流行は移ろう。それでも、本当に役に立つ道具は、ブームが終わったあとも、淡々と仕事を続ける。知人のパジェロは、その静かな実用の強さを、車体ぜんたいで物語っていた。

知人は、助手席に僕を乗せてくれた。エンジンに火が入る。乗用車のような繊細さはない。代わりに、何があっても止まらないという、無骨な安心感があった。舗装路を流しているだけでも、この車が「もっと荒れた道を走りたい」と言っているのが伝わってくる。あなたも、こういう車に一度でも乗れば、その声が聞こえるはずだ。

1982年、三菱ジープの後継として──初代パジェロとRVブーム


パジェロの物語は、1982年に始まる。

その出発点を語るには、もう一台の車の名前が要る。三菱ジープだ。戦後の日本で、四輪駆動車のパイオニアだった硬派な車。パジェロは、その三菱ジープの後を継ぐ存在として世に出た。パジェロの歩みを振り返る記事でも、その系譜が語られている。

初代パジェロは、ピックアップトラックのメカニズムを活用した、3ドアの乗用クロカン4WDとして登場した。ここに、パジェロという車の賢さがある。骨格は、悪路に耐える本格的なトラック由来。けれど、使い方は乗用車のように快適に。翌1983年には5ドアのロングボディが加わり、3列シートで7人が乗れる仕様も用意された。

考えてみれば、これは欲張りな車だ。悪路を越える性能と、家族を乗せるおおらかさ。本来なら相反しそうな二つを、パジェロは一台のなかで両立させようとした。どちらかを選べと言われたら、たいていの車は片方を捨てる。パジェロは、捨てなかった。その欲張りさこそが、この車の人柄だった。

硬派な道具でありながら、家族も乗せられる。この二面性が、見事に時代と噛み合った。1990年代、日本はRVブームに沸く。レジャーへ、アウトドアへ。人々が車に「日常の外」を求めはじめたとき、パジェロはその気分のど真ん中にいた。

週末になれば、パジェロは家族を乗せて山へ、海へと走った。平日は、何ごともなかったように街を流す。一台で、日常と非日常の両方を引き受ける。当時の若い父親たちにとって、パジェロのハンドルを握ることは、ささやかな冒険心を手放さずにいるための、ひとつの方法だったのかもしれない。

いつからか、車は舗装路の上の道具として、少しずつ均一になっていった。それは便利さの結果であり、悪いことではない。けれど、初代パジェロが放っていた「どこへでも行ける」という気配を思い出すと、僕は少しだけ、胸の奥がざわつく。車には本来、地図の外へ連れ出してくれる力があったはずだ。

パリ・ダカールが鍛えた本物──パジェロ12勝の伝説


パジェロを語るうえで、絶対に外せない舞台がある。パリ・ダカールラリーだ。

ヨーロッパからアフリカの砂漠へ。何千キロもの過酷な道なき道を走り抜ける、世界で最も苛酷なレースのひとつ。三菱は1983年からこのラリーに挑み続けた。パジェロのパリダカ挑戦史をまとめた記事によれば、1985年についに初の総合優勝を飾る。そして、ここからが本当にすごい。三菱は、その後2007年までに、累計12回もの優勝を積み上げたとされる。

砂漠という、ごまかしのきかない場所での12勝。それは、パジェロが「本物」であることの、これ以上ない証明だった。

舗装路のレースなら、わずかな速さの差で勝負がつく。だが、パリ・ダカールは違う。何千キロもの砂と岩と灼熱のなかを、まず「壊れずに走り切る」こと。それができて初めて、速さの話になる。パジェロが積み重ねた勝利は、速さの勲章であると同時に、何より「タフさ」の勲章だった。

なかでも、僕の胸に残っている一年がある。1997年だ。パリダカでのパジェロの栄光を伝える記事にもあるとおり、この年、篠塚建次郎が、日本人として初めてパリ・ダカールラリーで総合優勝を果たした。日本人が、日本のクルマで、世界一になった。当時これをニュースで見て、胸が熱くなった日本人は、きっと大勢いたはずだ。

その戦いのために、三菱は「パジェロエボリューション」という特別な市販モデルまで作った。ラリーで勝つための技術を、公道を走れる形にして世に出す。パジェロエボリューションは、1998年の大会でトップ3を独占するという離れ業もやってのけた。

初代から2代目へ──歴代パジェロの歩み

パジェロは、4つの世代を重ねた車だ。

1982年の初代、1991年の2代目、1999年の3代目、2006年の4代目。なかでも2代目は、RVブームの真っただ中で販売を大きく伸ばした、人気の世代だ。2代目パジェロの技術を論じた記事によれば、この世代で磨かれた悪路を走破するための制御技術は、その後のさまざまな分野にも生かされていったという。

世代を追うごとに、パジェロは快適さと装備を高めていった。けれど、ラダーフレームを持つ本格四駆という芯の部分は、最後まで揺らがなかった。流行に合わせて表情は変えても、譲れないものは譲らない。それが、パジェロという車の筋の通し方だった。

知人のパジェロも、2代目だ。乗せてもらいながら、僕はこの世代が持つ素朴な力強さを、体で感じていた。最新の車のような静かさはない。けれど、シートから伝わってくるのは、どこへでも行けるという確かな手応えだった。世代が古いことは、必ずしも劣っていることを意味しない。

パジェロが残したもの、そして一度消えた日


これだけの歴史を持つパジェロも、永遠ではなかった。

パジェロの国内向けの生産は、2019年に終わった。最後は「ファイナルエディション」という名の特別な一台で締めくくられ、輸出向けの生産も2021年に幕を下ろした。初代から数えて、約39年。4つの世代。長い長い物語が、いったん終わりを迎えたのだ。

一台の名車が、カタログから消える。それは、何度経験しても寂しいものだ。だが、それを誰かのせいにして責めるのは、僕の趣味ではない。車にも、時代の事情というものがある。

SUVという車のかたちは、いまや世界中で主役になった。皮肉なことに、パジェロのような本格的なクロカンが切り拓いた地平の上で、より街向きの、より快適な四駆たちが花を咲かせている。パジェロは、自分が育てた土壌から、静かに身を引いたとも言える。先駆者には、ときにそういう寂しさがつきまとう。

そして、忘れずにいたいことがある。パジェロが残したものは、決して小さくない。砂漠で証明した悪路走破の技術。家族と道具を同時に運ぶという発想。そして何より、「車があれば、舗装路の外へ行ける」という、あの胸の高鳴りそのものだ。これらは、生産が終わっても消えてはいない。知人のパジェロのように、いまも全国の悪路で、確かに生き続けている。

中古パジェロのいま──ディーゼルの底力と、選ぶ覚悟


新車のパジェロが一度途切れたいま、この車を手に入れる現実的な道は、中古車だ。

中古市場のパジェロには、はっきりした特徴がある。ディーゼル車の人気だ。パジェロのディーゼルは、低い回転から太いトルクを出し、悪路や重い荷物に強い。だからこそ、見栄えのためではなく、本当に道具として車を使う実需の層に、いまも根強く選ばれ続けている。価格帯は、年式や状態によって幅広い。

面白いのは、パジェロの中古を選ぶ人の動機だ。値上がりを期待した投資でもなければ、見栄のためでもない。雪が積もる地域で、確実に家へ帰り着くため。重い荷物を積んで、荒れた林道を越えるため。つまり、本当に必要だから選ぶ。その実需に支えられた人気は、ブームの人気よりも、ずっと地に足がついている。

知人は、自分のパジェロのボンネットを軽く叩きながら、こう言った。

「街中だけ走っていたら、こいつの良さは半分も分からないよ。道が途切れたところから、パジェロは本気になるんだ。だから僕は、手放す気にならない」

その言葉に、僕は深くうなずいた。パジェロという車の価値は、舗装路の上の数字では測れない。地図で道が途切れた、その先にこそある。

舗装された道だけを走るのなら、世の中にはもっと快適で、もっと燃費のいい車がいくらでもある。それでも知人がパジェロを選び続けるのは、彼の生活のなかに、舗装路では足りない場面が確かにあるからだ。車を選ぶというのは、本当は、自分がどう生きたいかを選ぶことなのだと思う。

もし中古でパジェロを探すなら、覚悟しておきたいこともある。古い車だ。そして、その多くが、悪路や雪道で長く働いてきた車でもある。下回りやフレームの状態、整備の履歴は、専門の目でしっかり確かめてほしい。なお、軽自動車のクロスカントリーだった「パジェロミニ」も、2013年に生産を終えており、こちらも手頃な中古として流通している。小さくても、パジェロの名を背負った本格派だ。

2026年、パジェロが帰ってくる


ここまでは過去の話だ。最後に、近い未来の話をしたい。

パジェロは、帰ってくる。各メディアの報道によれば、三菱は2026年内に、新型のクロスカントリーSUVを日本で発売する方針を表明したとされる。新型パジェロの復活を report する記事でも、その帰還が大きく取り上げられている。発売の時期は、2026年の秋頃が有力とみられている。

中身についても、いくつかのことが報じられている。新型パジェロのスクープ記事によれば、ピックアップトラック「トライトン」をベースとし、頑丈なラダーフレームを持つ本格派になるという。パワートレインは2.4リットルのディーゼルから始まり、将来的にはプラグインハイブリッドが加わる可能性も伝えられている。骨太な四駆という、パジェロの芯は受け継がれそうだ。

歴代の面影をそのままなぞるのではなく、いまの時代の技術で、あらためて本格四駆を作り直す。それは、懐かしさに寄りかからない、前を向いた復活だ。名前を復活させること自体は、難しくない。難しいのは、その名前にふさわしい中身を、きちんと伴わせることだ。新型パジェロが、その難題にどう答えるのか。僕は、静かに楽しみにしている。

ただし、ここははっきり書いておきたい。正式な発売日、最終的なスペック、そして価格は、本記事の執筆時点ではまだ確定発表されていない。あくまで、三菱の方針表明と、各メディアの報道に基づく情報だ。期待は期待として、冷静に続報を待ちたい。

正直に言えば、僕はオンロードの走りを愛してきた人間で、本格クロカンは長く「自分とは別の世界の車」だと思っていた。それでも──パジェロが帰ってくると聞いて、胸が高鳴らなかったと言えば、嘘になる。あの名前が、もう一度カタログに載る。それだけで、舗装路の外の景色を、また思い描きたくなる。

よくある質問

パジェロはいつ生産終了しましたか

パジェロの国内向け生産は2019年に終了し、最後は「ファイナルエディション」という特別仕様で締めくくられた。輸出向けの生産も2021年に終了している。初代の登場から数えて、約39年・4世代の歴史だった。現在は中古車として流通している。

新型パジェロはいつ出ますか

各メディアの報道によれば、三菱は2026年内に新型のクロスカントリーSUVを日本で発売する方針を表明したとされ、2026年の秋頃が有力な発売時期とみられている。ただし、正式な発売日・最終スペック・価格は、本記事の執筆時点ではまだ確定発表されていない。続報を待ちたい。

パジェロの中古、ディーゼルはどうですか

パジェロのディーゼルは、低回転から太いトルクを発揮し、悪路や重い荷物に強い。そのため、車を実際の道具として使う層に根強い人気がある。価格帯は年式や状態で幅広い。古い車なので、フレームや下回りの状態、整備の履歴を、専門の目で必ず確認したい。

パジェロミニとは何ですか

パジェロミニは、軽自動車サイズのクロスカントリー4WDだ。小さなボディながら本格的な悪路性能を備え、人気を集めた。2013年に生産を終了しており、現在は手頃な価格の中古車として流通している。

パジェロはパリダカでどれくらい勝ったのですか

三菱は1983年からパリ・ダカールラリーに参戦し、1985年に初の総合優勝を果たした。以後、2007年までに累計12回の優勝を挙げたとされる。1997年には、篠塚建次郎が日本人として初めて同ラリーで総合優勝するという快挙も成し遂げている。

まとめ


知人の家の前で見た、泥をはね上げた一台のパジェロ。所有しているわけでも、買ったわけでもない。それでもあの一台は、僕に「道の外へ行ける車」というものの価値を、あらためて思い出させてくれた。

三菱ジープから受け継いだ硬派な血。パリ・ダカールの砂漠で重ねた12の勝利。RVブームをけん引した日々。一度の幕引きと、中古市場で続く現役の生活。そして、2026年の復活。パジェロの物語は、長く、骨太だ。だがその核心は、いつも同じ場所にある。舗装路が途切れた、その先だ。

舗装路は、いつかどこかで途切れる。その先へ踏み出すための相棒を、あなたはまだ思い描けるはずだ──。

執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)

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