セリカという名が、また帰ってくる──ダルマセリカからGT-FOUR、ST205の記憶と“新型復活”の現在地

トヨタ

トヨタ・セリカ。その四文字を、僕は知り合いの車屋の、いちばん奥で見つけた。

旧車も扱う、小さな店だ。並んだ商用車やコンパクトカーの向こう、薄暗い一角に、ホコリをかぶった一台が静かに置かれていた。低く構えたボディ。引き締まったリアフェンダー。近づいて、僕の足は止まった。

セリカ。それも、GT-FOUR──。

この記事は、そのセリカという車の話だ。1970年に生まれ、2006年に一度その歴史を閉じ、いままた「復活」の二文字とともに語られはじめた一台。ダルマセリカと呼ばれた初代から、WRCを制したGT-FOUR、そして新型セリカの噂まで。車屋の奥でホコリをかぶっていた一台の前に立ったまま、僕はしばらく動けなかった。その理由を、ここから書いていきたい。

車屋の奥で、セリカと再会した日


正直に言えば、その日、僕はセリカを見に来たわけではなかった。知り合いの車屋に、別の用事で立ち寄っただけだった。

それなのに、店の奥のセリカに気づいた瞬間、用事のことは頭から飛んでいた。

不思議なものだ。一台の車の前で足が止まるとき、人はまだ、その型式もスペックも確かめていない。先に動くのは、記憶のほうだ。セリカという名前の響きが、胸の奥の古い引き出しを、勝手に開けてしまう。

「セリカ」という名は、スペイン語で「天空の」を意味する語に由来するとされる。天の車。名づけた人の見ていた景色を思うと、少し胸が熱くなる。ただのコードネームではない。願いの込められた名前だった。

セリカという名は、駅伝の襷のようなものだと思う。世代から世代へ、走者の汗を吸いながら受け渡されていく。初代に憧れた人。GT-FOURで青春を過ごした人。最後の型を新車で買った人。それぞれの区間を、それぞれの想いで走ってきた。車屋の奥のその一台も、襷の途中だった。次に誰かが受け取る日を、静かに待っていただけだ。

思えば、セリカは特別な立ち位置の車だった。スーパーカーではない。誰の手にも届く範囲にいながら、それでいて日常に埋もれない華やかさがあった。学生が背伸びをして手を伸ばせば、いつかは届く。そういう距離で光っていてくれた憧れだった。高すぎる星は、憧れにすらなれない。セリカは、ちょうどいい高さにいた。

店主が、僕の視線に気づいて笑った。「気になるでしょう、それ」と。気にならないわけがない。あなたも、もし同じ場所に立っていたら、きっと同じように足を止めたはずだ。

ダルマセリカという始まり──1970年、日本初のスペシャルティカー


セリカの物語は、1970年の暮れに始まる。

初代セリカは、その年の12月にデビューした。トヨタ自身の歴史資料にも残るとおり、これは「日本初の本格的なスペシャルティカー」と呼ばれた一台だった。

スペシャルティカー。耳慣れない言葉かもしれない。当時のトヨタは、こう言って売り出した。「クーペでもハードトップでもない、スペシャルティカー」と。セダンの派生ではない。独立した名前と、独立した姿を持つ。そういう車は、日本にはまだ無かった。

初代は、人々から「ダルマセリカ」と呼ばれて愛された。丸みを帯びたボディと、クロームのバンパーの形が、どこか達磨に似ていたからだという。少しユーモラスで、親しみのこもった愛称だ。車が、人々の生活のなかで本当に好かれていた時代の呼び名だと思う。

この初代には、もうひとつ語っておきたい仕掛けがあった。フルチョイスシステムだ。エンジン、ミッション、内装、外装、装備。それらを買い手が自分の好みで自由に組み合わせて注文できた。同じセリカでも、隣の一台とは違う。「自分だけの一台」を選ばせる発想を、トヨタは1970年にもう形にしていた。

1973年には、ファストバックのリフトバック、いわゆるLBが加わる。流れるような後ろ姿に、18R-G型のDOHCエンジンを積んだ2000GT。スポーティで、伸びやかで、若者の憧れだった。

あの頃のセリカには、迷いがなかった。速く走るためでも、荷物を積むためでもなく、ただ「格好いい」という一点のために、デザインが研ぎ澄まされていた。実用の理屈で説明しきれない部分にこそ、車の色気は宿る。初代セリカは、それを若者たちに堂々と教えた一台だった。

20代を共に走った旧友が、いつか言っていた。彼の父親が、若い頃ダルマセリカに乗っていたと。父と息子、二代にわたってセリカに心を動かされた家がある。それも、襷だ。

GT-FOUR、ラリーが鍛えた四駆──ST165からST205へ


そして、車屋の奥にあったあの一台。GT-FOURの話をしよう。

GT-FOURは、セリカに与えられた特別な称号だ。ターボエンジンと四輪駆動を組み合わせ、世界ラリー選手権、WRCを戦うために生まれた。レースに出るには、市販車をある程度の数だけ作る必要がある。その「公道版のラリーカー」が、GT-FOURだった。

GT-FOURは、三代続いた。

最初がST165。1986年に登場し、3S-GTE型の2.0リットル直4ターボに185馬力を与えられた。次がST185。1989年に出て、出力は最終的に235馬力まで高められ、車体も大きく鍛え直された。そして最後がST205。1994年、255馬力。水冷インタークーラー、クロスミッション、スーパーストラットサスペンション、トルセンLSD。シリーズでも図抜けた作り込みだった。

数字を並べてしまったが、本当に語りたいのは数字ではない。

3S-GTEのターボが目覚める瞬間。回転が一定の高さを超えたとき、背中をひとつ、強く押される。あの感覚は、誰かに「行け」と囁かれるのに似ている。乾いた路面でも、濡れた路面でも、四つのタイヤが地面を掴んで離さない。GT-FOURは、ドライバーを「うまくなった」と錯覚させてくれる車だった。

そして、戦績。トヨタのモータースポーツの記録が伝えるとおり、GT-FOURはWRCで世界の頂点に立った。1990年、カルロス・サインツがドライバーズタイトルを獲得。1992年、1993年にもタイトルが続いた。日本車が、ヨーロッパの荒れた道で本物だと認められた瞬間だった。

いまの若い人には、想像しにくいかもしれない。ヨーロッパのラリーで、日本車が勝つ。それは当時、痛快というだけでなく、どこか誇らしい出来事だった。セリカGT-FOURのテールが、雪と泥を蹴立てて先頭を走り抜けていく。その映像に、何人の少年が将来の夢を重ねたことだろう。

車屋の店主は、奥のST185を指してこう言った。「これでラリーに勝ったんだから、すごい時代だよな」と。すごい時代。その言葉が、しばらく耳に残った。

ST165・ST185・ST205、三代の違い

中古でGT-FOURを探すなら、三代の性格の違いは知っておきたい。GT-FOURを解説した記事も参考になる。

ST165は、初代らしい素朴さと軽さが持ち味。ST185は、WRCで最も輝いた世代で、人気も知名度も高い。ST205は、装備と戦闘力で頂点に立つが、その分だけ手のかかる作りでもある。どれが一番ということはない。あなたが、セリカのどの章に惹かれるか。それしだいだ。

セリカが消えた日、そして中古市場で起きていること


三代のGT-FOURを生んだセリカも、永遠ではなかった。

セリカは、2006年に生産を終えた。1999年に登場した7代目をもって、その歴史にいったん幕を下ろしたのだ。1970年のダルマセリカから数えて、36年。長い物語だった。スポーティなクーペが少しずつ「実用的でない」と見なされ、隅へ追いやられていった時代の流れに、セリカもまた逆らいきれなかった。

寂しいことだと思う。けれど、それを誰かのせいにするつもりはない。時代は動くものだ。

ただ、ひとつだけ思うことがある。セリカのような車が、一度は必要とされなくなった。その事実のほうを、僕は静かに覚えておきたい。便利さと引き換えに、僕らはいつのまにか、車に心を躍らせるための回路を、少しだけ錆びつかせてしまったのかもしれない。

そして、いま。中古市場のセリカ、とくにGT-FOURをめぐっては、静かな異変が起きている。価格の高騰だ。

かつては手頃な中古スポーツだったGT-FOURが、いまや状態のいい個体は高値で取引される。背景には、世界的な旧車人気がある。WRCで三度世界を制した実績は、海外のファンにとっても「本物の証」だ。さらにアメリカでは、製造から25年を超えた車を輸入できる、いわゆる25年ルールがある。これを超えた日本仕様のGT-FOURに、海外の買い手が殺到している。

車屋の店主は、奥のST185を見ながら、こう言った。

「これは、もう簡単には出てこないよ。状態のいいGT-FOURは、海外のバイヤーが先に持っていく。国内に残るタマが、年々減ってる。値段が上がるのは、当たり前なんだ」

その口ぶりに、嘆きはなかった。むしろ、本物がようやく正当に評価される時代が来た、という静かな納得があった。僕も、同じ気持ちだった。

もし、これからセリカを中古で探すなら。価格の数字に飛びつく前に、その一台がどう生きてきたかを見てほしい。GT-FOURは、ターボと四輪駆動を積んだ車だ。それなりに手はかかる。整備の履歴がはっきりした個体を、信頼できる店から。旧車との付き合いは、値札ではなく、覚悟から始まる。

「セリカ、やります」──新型セリカ復活という現在地


ここまでは、過去の話だ。ここからは、未来の話をしたい。

セリカという名は、いま再び動きはじめている。各メディアの報道によれば、2024年にトヨタの要人が、公の場で「セリカ、やります」という趣旨の発言をしたという。一度は消えた名前を、もう一度。その一言が、長く眠っていた期待に火を点けた。

トヨタ自身のメディアも、復活の噂が飛び交うセリカについて取り上げている。さらに、海外で「GRセリカ」という名の商標が出願されたとも報じられた。もし本当なら、新型セリカは単なる懐かしさの再現ではなく、トヨタの走りのブランド「GR」の一員として帰ってくることになる。

気になるのは中身だ。新型セリカの開発について報じた記事によれば、心臓には新開発の2.0リットル直4ターボが想定され、出力は400馬力級ではないかと見られている。駆動方式や車体構成についても、さまざまな観測が飛び交っている。発売の時期は、2026年から2027年あたりではないかと予想されている。

ただし、ここははっきり書いておきたい。これらはすべて噂・予想・報道の段階の話だ。トヨタが公式に確定したスペックも、発売日も、まだ世に出ていない。期待は期待として、冷静に続報を待ちたい。

それでも、これだけは言える。トヨタが「セリカ」という名をもう一度使おうとしているなら、その判断には相応の覚悟があるはずだ。半世紀の重みを背負った名前を、軽い気持ちで持ち出せるわけがない。新型がどんな姿で現れるにせよ、そこには襷を受け取る者の責任が宿っている。

正直に告白すれば、僕は新しい時代の車に、少しだけ戸惑う人間だ。90年代の、油の匂いのするスポーツカーで育った。それでも──「セリカ」という名が帰ってくると聞いて、胸が高鳴らなかったと言えば、嘘になる。この反応だけは、どうにも抑えられなかった。

それでも、僕らがセリカに焦がれる理由


車屋の奥のセリカの前で、僕がしばらく動けなかった理由を、最後に書いておきたい。

セリカに憧れ、あるいはセリカに乗り、そして手放した人は多いはずだ。家族が増えた。生活が変わった。クーペより、もっと現実的な車が必要になった。だからセリカを諦めた。それは、何ひとつ間違っていない。立派な、大人の選択だ。

でも、諦めたことと、忘れたことは違う。

車屋の奥のあの一台の前で足が止まったなら。新型セリカの噂に、ほんの少しでも胸が動いたなら。それは、あなたのなかのセリカが、まだ走り続けている証拠だ。襷は、まだあなたの手のなかにある。

名前というのは、不思議なものだ。鉄とゴムとガラスでできた工業製品に、これほど人の記憶と感情が宿る。セリカという四文字は、半世紀をかけて、たくさんの人の青春を吸い込んできた。だからこそ、その名が帰ってくるという話に、僕らはこんなにも心を動かされる。

ひとつ、断っておきたいことがある。僕はここで、あなたに何かを買えと勧めているわけではない。中古のGT-FOURを探せとも、新型を待てとも言わない。ただ、自分のなかのセリカを、なかったことにしないでほしい。伝えたいのは、それだけだ。

過去を懐かしむためだけの記事には、したくなかった。セリカは、思い出の中だけの車ではない。いま、車屋の奥で次の走者を待つ一台がいて、未来には新しい一台が控えているかもしれない。その両方を見つめていたい。

よくある質問

セリカはいつ生産終了しましたか

セリカは2006年に生産を終えた。1999年に登場した7代目をもって、その歴史にいったん幕を下ろしている。1970年の初代から数えて、36年続いたことになる。現在は中古車・旧車として流通している。

セリカGT-FOURのST165・ST185・ST205の違いは何ですか

いずれもWRC参戦のためのターボ4WDモデルだが、世代で性格が異なる。ST165(1986年〜)は185馬力で軽快さが持ち味。ST185(1989年〜)は最終的に235馬力まで高められ、WRCで最も輝いた世代。ST205(1994年〜)は255馬力で、水冷インタークーラーやスーパーストラットなどを備えた、シリーズで最も戦闘力の高い仕様だ。

セリカの中古はなぜ高くなっているのですか

世界的な旧車人気が大きな理由だ。とくにGT-FOURはWRCで三度の世界制覇を成し遂げた「本物のラリーマシン」として、海外にもファンが多い。アメリカの「25年ルール」で輸入が可能になったことも需要を押し上げ、状態のいい個体は国内に残りにくくなっている。結果として、相場は上昇傾向にある。

新型セリカはいつ出ますか

各メディアの報道では、2026年から2027年あたりの登場が予想されている。トヨタの要人による前向きな発言や「GRセリカ」の商標出願も報じられている。ただし、いずれも噂・予想・報道の段階であり、トヨタが公式に確定した発売日やスペックは、本記事の執筆時点では発表されていない。続報を待ちたい。

ダルマセリカとは何ですか

1970年に登場した初代セリカの愛称だ。丸みを帯びたボディと、クロームバンパーの形が達磨に似ていたことから、人々にそう呼ばれて親しまれた。日本初の本格的なスペシャルティカーとして、当時の若者の憧れの的だった。

まとめ

知り合いの車屋の奥で見かけた、ホコリをかぶった一台のセリカ。所有しているわけでも、買ったわけでもない。それでもあの一台は、僕に半世紀ぶんの物語を思い出させてくれた。

ダルマセリカの愛嬌。GT-FOURがWRCで掴んだ栄光。2006年の静かな幕引き。そして、いま語られはじめた復活の噂。セリカという名は、消えたのではなかった。次の走者の手に渡るのを、待っていただけだ。

セリカという名は、まだ走り終えていない。次にその襷を受け取るのは、もしかしたら、あなたかもしれない──。

執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)

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