雨の夜だった。
とあるパーキングエリアの一角に、三菱のスポーツ乗りが集まっていた。ランサーエボリューションが、何台も鼻先を並べている。角ばったブリスターフェンダー、ウイング、湯気を上げるインタークーラー。圧巻の光景だった。
その輪の、いちばん端っこ。小さなハッチバックが一台、ちょこんと混じっていた。
コルト。それも、リアに小さく「RalliArt」のバッジを光らせた一台。
誰もが、エボに見惚れていた。でも、雨上がりに最初に駆け出していったのは、その小さなコルトだった。水しぶきを上げ、軽やかに、楽しそうに。
──ああ、こいつもラリーアートなんだ。そう思った瞬間、僕はこの車のことが、無性に知りたくなった。
雨の夜、ランエボの輪に混じった小さなコルト

正直に書く。ランサーエボリューションは、僕らの憧れだ。
四輪を蹴り、雪も砂利もねじ伏せて駆ける、日本が生んだ怪物。その速さと存在感は、いまも色褪せない。
でも、エボは安くない。維持も楽じゃない。家庭を持ち、現実と折り合いをつけた大人にとって、あの怪物はまぶしすぎる存在になっていく。
その気持ちを、否定するつもりはまったくない。エボを諦めて、堅実な一台を選んだあなたは、まっとうな大人だ。
けれど、心の奥でまだ、あのラリーの遺伝子に焦がれているなら。コルト ラリーアートという選択肢を、知らないままでいるのはもったいない。
これは、庶民のためのラリーアートだ。1.5リッターの小さな体に、三菱のモータースポーツ魂を、こっそり一滴だけ落とした一台。
怪物の弟分。けれど、走り出せば、笑ってしまうほど元気がいい。
ラリーアートとは何者か ― ランエボの遺伝子の話

そもそも「ラリーアート」とは何なのか。ここを押さえると、コルトの見え方が変わる。
Ralliart。この名は「Rally(ラリー)」と「Aircraft(航空機)」を掛け合わせた造語だ。地を駆ける速さと、空を裂く俊敏さ。その両方を背負った名前なのだ。
設立は1988年。三菱のモータースポーツ活動を一手に担う、高性能部門として産声をあげた。
そこからの歴史は、まさに栄光の物語だ。WRC、世界ラリー選手権への参戦。ギャランVR-4から、ランサーエボリューションへ。1996年から1999年まで、マニュファクチャラー4連覇という金字塔を打ち立てた。詳しい系譜はラリーアートの沿革(英語版Wikipedia)に詳しい。
トミ・マキネンという名前に、胸が熱くなる人もいるだろう。フィンランドの星が駆ったランエボは、世界中のダートを制圧した。
その輝かしい遺伝子を、最も小さく、最も手の届く形で街に下ろしたのが、コルト ラリーアートだったのだ。名車文化研究所のコルト・ラリーアートR解説も、その立ち位置を丁寧に語っている。
血統書だけは、世界チャンピオンと同じ。そう考えると、あの小さなバッジが、急に誇らしく見えてこないだろうか。
バージョンRこそ主役 ― 4G15ターボ・馬力・スペックの読み方

コルト ラリーアートと検索する人の多くが、本当に探しているのはバージョンRだ。
型式はZ27AG。2006年5月にデビューした、シリーズの主役にして頂点である。
心臓は、4G15と呼ばれる1.5リッター直列4気筒。これにMIVECとインタークーラーターボを組み合わせた、凝縮された塊だ。
最高出力は、前期型で154馬力。2008年11月の改良で、5MT車は163馬力へと引き上げられた。最大トルクは21.4kgf・m。この数字を、たった1.5リッターで叩き出す。スペックの詳細は三菱・コルトRALLIART Version-RのWikipediaにまとまっている。
数字だけ見れば、いまどき驚く値ではないかもしれない。でも、馬力やトルクは、車重とセットで初めて意味を持つ。
バージョンRの車重は、わずか1,100kg前後。この軽さに、低い回転からこみ上げる過給のトルクが乗る。アクセルを踏んだ瞬間、背中がシートに押し付けられる、あの密度の濃い加速。
ミッションも侮れない。組み合わされるのは、ゲトラグ製の5速マニュアルだ。ドイツの名門が手がけた、節度のあるシフトフィール。スポーツモード付きの6速CVTも選べた。
面白いのは、この5MTとフロントのサスペンションが、欧州仕様のコルト由来だということ。日本の小さなハッチバックに、ヨーロッパの足が入っている。装備の細部はネクステージのバージョンR(5MT)カタログで確認できる。
ボディ剛性は通常のコルト比で約30パーセント向上。タイヤは205/45R16へと大径化された。
カタログの一文は、いつだって淡白だ。けれど、その裏には、コンパクトカーを本気で走らせようとした技術者の執念が滲んでいる。価格.comのバージョンR(2006年)グレード情報を眺めるだけでも、その本気度が伝わってくる。
エンジンに火を入れると、最初は拍子抜けするほど穏やかだ。1.5リッターらしい、おとなしいアイドリング。けれど、アクセルを深く踏み込み、タコメーターの針が3,000を超えたあたりから、空気が変わる。
過給が立ち上がる、あの一瞬。背中をぐっと押される感覚とともに、排気の音が乾いた咆哮へと変わっていく。羊の皮をかぶった、というありふれた比喩が、これほど似合う車も珍しい。小さなボンネットの下で、確かに何かが目を覚ます。
小さい。安い。でも、中身は紛れもなく、走るために作られた一台だった。
速いのに、ときどき曲がらない ― FFターボの素顔とチューン

ここで、誤解をひとつ解いておきたい。
「コルト ラリーアート 4WD」という検索が、意外に多い。ランエボの印象が強すぎるせいだろう。
けれど、答えははっきりしている。バージョンRは、FFのみ。四輪駆動の設定はない。四駆の怪物が欲しいなら、それはエボの役目だ。コルトは、前輪で曲げて、前輪で蹴る、軽量FFの楽しさを突き詰めた車なのだ。
そして、もうひとつ正直に書く。この車、「曲がらない」と言われることがある。
最小回転半径がやや大きめで、街中での取り回しに少し気を遣う。Aピラーも太く、交差点で視界に癖がある。FFターボらしく、攻め込むとフロントが外へ逃げたがる場面もある。
でも、それは欠点であると同時に、伸びしろでもある。アライメントを見直し、社外のLSDを組んでやれば、フロントの食いつきはまるで変わる。じゃじゃ馬を、自分の手で躾けていく歓びがそこにある。
馬力の話もしておこう。「200馬力」で検索する人が多いのは、この車のチューニングポテンシャルの高さゆえだ。
ノーマルの163馬力に、マフラーとECUのセッティングを加えてやれば、200馬力近辺は比較的容易に手が届く。ただし、そこから上はミッションの強度と相談になる。素のバランスを壊さない、賢いチューンが似合う車だ。
以前、峠で顔を合わせた仲間が、こいつに乗り換えてきたとき、こう言って笑っていた。
1.5でこのトルク、最初は反則だろって思ったよ。エボには負ける。でも、エボより気軽に振り回せる。これはこれで、底なしに楽しいんだ。
速さの種類が違う。怪物の絶対速度ではなく、小さな体を意のままに操る、密度の濃い速さ。MOTAのVersion-R試乗レポートでも、その軽快な身のこなしが高く評価されている。
兄弟たちの整理 ― スペシャル・レカロ・コルトプラスの違い

コルト ラリーアートには、紛らわしい兄弟が何台かいる。ここを整理しておこう。
まず、頂点に立つのがバージョンR スペシャルだ。2008年4月、わずか300台の限定で世に出た。
このスペシャルが只者でないのは、ボディの作り込みにある。ドア開口部まわりを連続シーム溶接で徹底的に補強し、曲げ剛性を約10パーセント引き上げた。さらにラリーアート製のスポーツマフラー、レカロ製のフロントバケットシート、専用バッジまで奢られている。
体を包み込むレカロに腰を沈め、引き締まった車体で走り出す。それはもう、量産コンパクトの域を超えた何かだった。その存在感は、のちにwebCGがスペシャルの「復活」を報じた記事からも伝わってくる。いまや中古市場では、見つけたら即決の希少種だ。
一方で、性格のまったく違う兄弟もいる。コルトプラス ラリーアートだ。
こちらは、コルトのワゴン版「コルトプラス」をベースにした一台。リアを約300mm延ばし、荷室をたっぷり確保している。型式はZ27W。
エンジンは1.5リッターのインタークーラーターボながら、出力は147馬力と控えめ。組み合わされるのは6速スポーツモードCVTで、マニュアルの設定はない。装備の詳細はガリバーのコルトプラス ラリーアート(Z27W)諸元にある。
つまりコルトプラスは、家族も荷物も乗せて、それでも少しだけ走りを楽しみたい大人のための一台。バージョンRが「牙」なら、コルトプラスは「優しさを残した牙」だ。
同じラリーアートの名でも、狙いはまるで違う。だからこそ、自分が何を求めているのかを、買う前にはっきりさせておきたい。
中古の現実 ― 相場・持病・カスタムとの付き合い方

では、現実的な話に踏み込もう。いま、コルト ラリーアートはいくらで、どんな覚悟が要るのか。
中古相場は、正直に言って、もう「安い車」ではなくなりつつある。武闘派ゆえの人気で、走行距離が伸びた個体でも100万円クラスの値が付くこともある。玉数も着実に減っている。
とくにスペシャルやレカロ装着車、低走行のMTは、入荷した瞬間に消えていく世界だ。馴染みの店主も、ぽつりとこぼしていた。
ランエボは高くて手が出ない。そういうお客さんが、コルトのラリーアートに流れてきてるんですよ。気持ちは、痛いほどわかります。
そして、買う前に必ず知っておくべき持病がある。
ひとつは、電動パワステ。一部の生産時期の個体で、トルクセンサーや配線の処理が原因でアシストが止まり、ハンドルが急に重くなる不具合が報告され、リコールの対象になった。狙う個体が対策済みかどうか、これは必ず確認したい。部品屋の視点で解説された三菱コルトの弱点が参考になる。
もうひとつは、ターボそのもの。過給機を背負う車だけに、オイル管理を怠ればターボブローのリスクがついて回る。さらに専用色や専用デザインの外装は、中古部品が出にくく、ぶつけたときの修理費が高額になりがちだ。
脅すようなことを並べたが、裏を返せば、きちんと手をかけた個体は、ちゃんと応えてくれるということ。e燃費のバージョンR実燃費データを見ても、ターボ車でありながら街乗りでも無理のない数字に収まっている。労わって乗れば、財布にも優しい。
カスタムの定番は、マフラー、ECU、吸気とインタークーラー、車高調、そして社外LSD。ホイールは205/45R16をベースに、PCD100の4穴で選べる。
このコルトをいじるという行為は、料理に似ている。素材そのものが小ぶりで素直だから、余計な調味料はいらない。塩ひとつまみ、火加減ひとつで、味が劇的に変わる。軽い素材ほど、調味料の一滴が効いてくる。コルト ラリーアートは、そういう料理人泣かせの、贅沢な素材なのだ。
狙うなら、整備記録のはっきりした個体がいい。とくにパワステのリコールへの対応歴、そしてオイル交換がきちんと続けられてきたかどうか。この二点を確認できる一台なら、年式が進んでいても、長く付き合っていける。
逆に、安さだけに釣られて素性の知れない個体に手を出すと、専用部品の壁に泣くことになりかねない。この車に限っては、多少高くても、来歴の見える一台を選ぶのが、結局はいちばんの近道だ。
価格表の数字だけでは、この車の本当の価値は測れない。大事なのは、その一台が、どう生きて、どう手をかけられてきたか──だ。
よくある質問

バージョンR・無印・コルトプラスの違い
走りの頂点を求めるなら、迷わずバージョンR(Z27AG)。1.5ターボに5MTを組み合わせた、最も濃い一台だ。さらに上を望むなら、限定のバージョンR スペシャル。荷物も家族も乗せたいなら、CVT専用で出力を抑えたコルトプラス ラリーアートが向いている。求める走りの濃さで選び分けたい。
4WDモデルの有無
コルト ラリーアート バージョンRに、4WDの設定はない。すべてFF、前輪駆動だ。四輪駆動の本格派が欲しいなら、それはランサーエボリューションの領分になる。コルトの魅力は、あくまで軽量FFの軽快さにあると割り切ってほしい。
持病・欠点で気をつけたい点
一部生産時期の電動パワステ不具合(リコール対象)が対策済みか、まず確認すること。加えてターボのオイル管理、そして専用外装部品の入手性と修理費だ。年式なりの経年も含め、整備履歴のはっきりした個体を選べば、過度に恐れる必要はない。
200馬力は本当に狙えるのか?
狙える。ノーマルの163馬力に対し、マフラーとECUのセッティングで200馬力近辺までは比較的素直に伸びる。ただし、それ以上はミッション強度との兼ね合いになる。無理に絞り出すより、車体の軽さを活かした、バランス重視のチューンが似合う車だ。
まとめ

コルト ラリーアートは、怪物じゃない。世界を制したランエボの、小さな弟分だ。
でも、血には、同じ熱が流れている。1.5リッターという慎ましい器に、ラリーの遺伝子を、確かに宿している。器が小さいことは、熱が薄いことを意味しない。
エボに手が届かなかったことを、悔やむ必要はない。家族を、暮らしを、現実を大切にしてきたあなたの選択は、何ひとつ間違っていない。
ただ、その堅実な日々の片隅で、まだ小さく疼く何かがあるのなら。この小さな猛者は、きっと、もう一度あなたを助手席ではなく運転席に戻してくれる。
あの雨の夜、ランエボの輪の端から、いちばん楽しそうに駆け出していった一台。あれは、走る歓びに、車格も排気量も関係ないことを、静かに教えてくれていたのだと思う。
週末、少しだけ遠回りの道を選んでみてほしい。その軽い体が描く弧の中に、忘れかけていた熱が、もう一度灯るはずだ。
執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)
情報ソース一覧
- 三菱・コルトRALLIART Version-R|Wikipedia
- Ralliart(ブランド史)|Wikipedia
- コルト ラリーアート バージョンR(5MT)カタログ|ネクステージ
- 三菱 コルト ラリーアート バージョンR(2006)グレード一覧|価格.com
- 三菱 コルト ラリーアート Version-R 試乗レポート|MOTA
- 「三菱コルト ラリーアート バージョンRスペシャル」復活|webCG
- コルトプラス ラリーアート(Z27W)価格・スペック|ガリバー
- 三菱 コルトの弱点や故障【部品屋の視点】|部品屋のウラ話
- コルト ラリーアートバージョンR 実燃費データ|e燃費
- コルト・ラリーアートR|名車文化研究所



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