BMW M2という、最小にして最も濃いM。F87からG87へ──コンペティション・CSの中古相場と、いま6速MTを選ぶ意味

輸入車

ある土曜の昼下がり、馴染みの輸入車店のショールームに、青いM2が一台。納車前の儀式のように、店主がボンネットを磨いていた。

「このお客さんね、最初からMTで決めてたよ」と、彼は手を止めずに言った。「ATの方が速いのは知ってる。それでも、左足でクラッチを踏みたいんだって。最後の砦だよ、あの人にとっては」

胸の奥が、少しだけ熱くなった。

BMWのMシリーズの中で、いちばん小さいクルマ。M3でもM4でもなく、あえてM2を選ぶという感覚。それは、大きいことや速いことよりも、もっと別の何かを大事にしている人間の選択だ。

母が営んでいた純喫茶では、小さなカップに濃いエスプレッソを淹れていた。量じゃない、濃度なのだと、子どもながらに思っていた。M2というクルマは、あのエスプレッソによく似ている。

今夜は、その「最小にして最も濃いM」の話をしよう。

いちばん小さなMを選ぶ、という贅沢


クルマは年々、大きくなっていく。安全のため、快適のため、そして商品力のため。それは正しい進化だ。否定するつもりはない。

けれど、その流れの中で、あえていちばん小さいMを選ぶ人がいる。BMW M2は、Mが手がける最もコンパクトな本格モデルだ。BMW公式のモデルページを開けば、それがM一族の末弟であることがすぐに分かる。

末弟。けれど、血の濃さは兄たちに一歩も引かない。

4人がちゃんと座れて、トランクに週末の荷物も積める。それでいて、サーキットでM4と同じ言葉で会話ができる。この二面性こそが、M2の正体だと僕は思っている。

大排気量の派手さも、巨大なボディの威圧感もない。けれど、ステアリングを握った瞬間に伝わってくる手応えの密度は、どの兄よりも濃い。小さいからこそ、車体の四隅が手の中に収まる。クルマ全体を、自分の身体の延長のように感じられる。それが、最小Mの最大の武器だ。

家族のためにSUVやミニバンを選んだあなたの判断は、間違っていない。子どもを後席に乗せられるクルマは、何にも代えがたい。でも、M2は後席にも人が乗る。つまり、走りと日常を一台で諦めない、という選択肢が、まだ残されているということだ。

2002ターボから1Mへ──BMW M2が背負う血


M2の凄みを語るには、その血筋を遡らなければならない。「小さくて速い2ドアのBMW」という思想は、決して新しいものではないからだ。

世界初の量産ターボ、2002ターボ

1973年、フランクフルトショー。BMWは「2002ターボ」を発表した。WEB CARTOPの記事にもあるとおり、これは世界で初めてターボチャージャーを積んだ量産車だった。

なんの変哲もない2ドアセダンに、過給機という飛び道具を仕込む。羊の皮をかぶった狼。あの一台が、「小さなボディに過剰な心臓」というBMWの倒錯した美学の原点になった。M2の祖先は、半世紀前にもう生まれていたのだ。

1シリーズMクーペという前夜

時代は飛んで2011年。BMWは「1シリーズMクーペ(通称1M)」という、奇妙な限定車を送り出す。N54型ツインターボ340PSを、当時最小のクーペにねじ込んだ一台だ。

飾り気のないボディに過剰な心臓。1Mは、まさに2002ターボの精神をそのまま現代に持ち込んだ一台だった。

これが、後のM2の直接の前夜だった。Motor-Fanの「BMW Mの軌跡」を読むと、M2が初代M3と2002ターボのスタイルを受け継ぐ末裔として位置づけられているのが分かる。あるオーナーズミーティングで、1M乗りと初代M2乗りとG87乗りが並んでいたことがある。三世代が、同じ「小さいM」という一点で、何時間でも語り合っていた。血は、確かに繋がっている。

F87の物語──N55からS55、そしてコンペティション・CS


初代M2、型式名F87。日本デビューは2016年1月だった。

登場時の心臓は、直列6気筒シングルターボの「N55」。370PSを発生した。コンパクトなボディに直6の滑らかさ。それだけでも完成された一台だったが、F87の物語はここで終わらない。

N55からS55への換装という事件

2018年、「M2コンペティション」が登場する。心臓が、M3/M4と同じツインターボ「S55」へと換装された。410PS、550Nm。末弟が、兄の心臓を手に入れた瞬間だった。

面白いのは、この換装の裏にあった事情だ。欧州の排ガス試験がWLTPへ移行したことで、標準のN55が基準に適合しづらくなった。英語版Wikipediaの解説でも、その経緯が整理されている。

つまり、規制という無機質な事情が、結果としてM2を「本物のM4の心臓を持つ最小M」へと押し上げた。皮肉だが、美しい皮肉だ。

M2 CSという頂点

そして2019年、F87世代の頂点が現れる。「M2 CS」。S55を450PSまで引き上げ、カーボン製のルーフとボンネットで軽量化を施した限定モデルだ。

CSのステアリングを握った友人が、こう言っていた。

「コンペティションでも十分速い。でもCSは、軽さの質が違う。鼻先がスッと入っていく感じが、もう別物なんだ」

その言葉どおり、CSはいまも中古市場で高値安定の資産になっている。F87という物語の、見事な締めくくりだった。

G87という現在地──S58と480ps、M4の心臓を積んだ最小クーペ


2023年2月、2代目M2「G87」が日本に上陸した。

心臓は、現行M3/M4と同じ直6ツインターボ「S58」。登場時で460PS、550Nm。発売時の価格は6速MT・8速ATともに958万円。全長4580mm、車重1710kg。初代より少し大きく、少し重くなった。

460から480psへ

2024年10月、G87は早くも改良を受ける。最高出力が480PSへと引き上げられ、アダプティブなMサスペンションも与えられた。LE VOLANTの試乗記では、その洗練ぶりが語られている。

数字だけ見れば、480PSという出力は、いまや珍しくない。けれど、この心臓の本当の価値は、カタログの数字には載っていない。

数字の裏にある官能

S58を回したときの、あの感触。低い回転から分厚いトルクが背中を押し、上まで回すと官能的な咆哮に変わっていく。カー・アンド・ドライバーの試乗記が「ドライバーを刺激するFRクーペ」と最大級の評価を与えたのは、決して大げさではない。

アクセルを軽く踏み込んだだけで、シートに背中が張り付く。タコメーターの針が跳ね上がり、エキゾーストノートが車内を満たす。その瞬間だけは、年齢も、肩書も、すべて置き去りになる。速さの数字よりも、その「置き去りになる感覚」のほうが、僕にとってはずっと大事だ。

大きくなったはずのG87が、なぜか軽快に頭を振る。峠仲間で、F87コンペティションからG87へ乗り換えた男がいる。彼はこう漏らしていた。

「重くなったはずなのに、回頭が素直になった。歳をとった自分には、こっちの方がちょうどいいんだよ」

進化とは、たぶんこういうことだ。速さの数字だけでなく、付き合いやすさまで含めて熟れていく。

6速MTという、消えゆく贅沢


G87には、いまどき希少な6速MTが用意されている。3ペダル、左足のクラッチ、右手のシフトレバー。電動化が進む時代に、これを新車で選べるMモデルは、もうほとんど残っていない。

正直に告白する。僕は、ATの方が速いことを知っている。サーキットのタイムも、街中の扱いやすさも、デュアルクラッチに軍配が上がる。頭では、分かっている。

それでも、ショールームでM2を前にすると、つい6MTの試乗車に手が伸びてしまうのだ。これは、僕の問題だ。理屈じゃない。

AUTOCAR JAPANのG87 6MT試乗記は、そのシフトフィールを「レバーが吸い込まれるような感覚」と書いていた。分かる、と僕は思った。ギアが決まる瞬間の、あの小さな手応え。あれは、効率という言葉の対極にある喜びだ。

クラッチをつなぐ左足の感覚は、自分がまだ機械と直接つながっている、という証明書のようなものだ。それを手放したくない大人が、まだ確かにいる。

渋滞では、左足が少しだるくなる。雨の坂道発進では、半クラッチに神経を使う。不便だ。間違いなく不便だ。けれど、その不便のひとつひとつが、運転を「自分の手仕事」にしてくれる。全自動の便利さの中で失われたものが、ここには確かに残っている。

BMW M2とM240iは何が違う?──純血Mと、その弟分


中古を探していると、必ず隣に並ぶのが「M240i」だ。価格も近く、同じ2シリーズの2ドア。混同しやすいが、この二台は出自がまったく違う。

  • M2: BMW Mが一から仕立てた純血のMモデル。S55/S58という専用エンジン、専用のワイドボディ、後輪駆動が基本。
  • M240i: 「Mパフォーマンス」グレード。直6の「B58」374PSを積み、xDrive(4WD)が標準。速くて快適だが、Mが本気で作った一台ではない。
  • M235i: さらに別物。こちらは2シリーズ・グランクーペ系の直4・4ドアで、成り立ちもキャラクターも分かれる。

M240iは、間違いなく良いクルマだ。速いし、雨の日も安心できる。日常の相棒として、これほど隙のないクーペもそうない。けれど、M2が持っている「最小のボディに最大の純度を詰め込んだ」あの濃さは、M240iにはない。エスプレッソとカフェオレの違い、とでも言おうか。どちらも美味い。ただ、求めているものが違う。

もしあなたが「毎日きちんと使える速いクルマ」を探しているなら、M240iは賢い答えだ。けれど、心のどこかで「本物のMに触れてみたい」という声がするなら、その声は、たぶんM2にしか応えられない。

BMW M2の中古という現実──F87・G87・CSの相場と狙い目


2026年現在、M2を中古で狙うなら、世代ごとの相場と性格を押さえておきたい。グーネットの中古相場ページなどで実勢を確認しつつ、おおよその目安を整理しておく。

F87の狙い目

初代F87は、いま「お手頃な本物のM」に入りつつある。N55の標準モデルは比較的こなれた価格で、直6シングルターボの素直さを味わえる。S55を積んだコンペティションは一段上の予算が必要だが、M4の心臓という満足度は高い。

G87の立ち位置

現行G87は、新車に近い予算が要る。だが、M3/M4のS58を最小ボディで味わえる贅沢と、新車では希少な6速MTを選べる自由は、価格に見合う。これから長く付き合うなら、整備履歴のしっかりした個体を選びたい。

CSは資産

F87 CSは、もはや投機的な領域に入っている。限定・軽量・S55最強という三拍子で、相場は高値で安定。買って乗って、それでも価値が落ちにくい稀有な一台だ。先日、馴染みの中古車屋で「CSは入ってもすぐ消える。問い合わせが途切れない」と聞いた。

カスタムの世界も、M2には豊かに広がっている。車高調で姿勢を整える人、マフラーで直6の声を磨く人、ホイールを軽いものに替えてバネ下を詰める人。やり過ぎは禁物だが、純正の素性が良いぶん、わずかな手入れでも走りはきちんと応えてくれる。いじる楽しみまで含めて、長く付き合える相棒だ。

「M2はやめとけ」という声も、ネットには転がっている。タイヤもブレーキも消耗が早く、燃費はWLTCで10km/Lに届かない。維持には、それなりの覚悟がいる。けれど、その覚悟と引き換えに手に入る時間の濃さを知ってしまったら、たぶん人はもう、戻れない。

よくある質問

BMW M2のF87とG87の違いは?

F87は初代(2016〜2022)で、当初はN55(直6シングルターボ370PS)、後にS55(ツインターボ410PS)を積むコンペティション、頂点のCS(450PS)へ展開した。G87は2代目(2023〜)で、M3/M4と同じS58(460→2024年改良で480PS)を搭載。サイズはG87がやや拡大している。どちらも6速MTを選べるのが魅力だ。

BMW M2とM240iの違いは?

M2はBMW Mが専用設計した純血のMモデルで、専用エンジン・ワイドボディ・後輪駆動が基本。M240iは「Mパフォーマンス」グレードで、B58エンジンとxDrive(4WD)を備えた快速モデルだが、Mが本気で仕立てた一台ではない。速さと快適さならM240i、純度ならM2、という棲み分けになる。

BMW M2 CSはなぜ高い?

F87 CSは限定生産で、S55を450PSまで高め、カーボンルーフ等で軽量化した頂点モデルだから。希少性・走りの質・資産価値の三拍子が揃い、中古市場では高値安定が続いている。出物が出てもすぐに買い手がつく、争奪戦の一台だ。

BMW M2の6速MTは新車で買える?

現行G87では、6速MTを新車で選択できる。電動化が進む中、3ペダルのMTを新車で買える数少ないMモデルであり、これ自体が大きな価値になっている。ATの方が速いと分かっていても、あえてMTを選ぶオーナーは少なくない。

BMW M2は「やめとけ」と言われる?

タイヤ・ブレーキの消耗が早く、燃費も良くない(WLTCで9.9km/L前後)ため、維持には覚悟がいる。その点で「やめとけ」と言われることはある。ただし、最小ボディに最大級のMの心臓を積んだ走りの濃さは、ほかでは代えがたい。覚悟の上で選ぶ価値は十分にある。

まとめ


2002ターボから1M、そしてF87からG87へ。BMW M2が背負っているのは、「小さなボディに過剰な心臓」という、半世紀分の倒錯した美学だ。

N55からS55、そしてS58へ。370PSが480PSへ。数字は変わり続けたが、その芯にある思想は一度も変わっていない。いちばん小さいMで、いちばん濃い時間を味わう。ただ、それだけだ。

あなたが家族のために選んだ実用車は、何も間違っていない。後席で眠る子どもの寝顔は、何にも代えがたい。

けれど、心の濃度まで薄める必要は、ないのではないか。

小さなカップに詰めた、あのエスプレッソのような一台が、中古市場にはまだ残っている。いちばん小さなMの鼓動は、今夜もまだ、間に合う。

執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)

情報ソース一覧

コメント

タイトルとURLをコピーしました