ヴィッツRSという等身大の入口──初代NCP13から130系NCP131、G’sの違いと中古MTの探し方

トヨタ

深夜のコンビニ駐車場に、白い蛍光灯が落ちていた。

二十二時を回った郊外。買うものなんて、本当はなかった。それでも僕は、缶コーヒーを一本だけ持って車に戻り、エンジンをかけずにしばらく座っていた。フロントガラスの向こうで、虫が灯りに群がっている。

初任給で買った、中古のヴィッツRS。
速い車じゃない。誰も振り返らない、ありふれたコンパクトだ。けれど、あの夜の僕にとっては、世界でいちばん自由な乗り物だった。

家に帰れば、親がいる。会社に行けば、新人の僕がいる。
でもこの運転席だけは、誰のものでもなかった。意味もなく遠回りをして、深夜の幹線道路を流す。それだけのために、僕はこの鍵を握っていた。

今日は、背伸びをしなかった一台の話をしようと思う。
そして、その背伸びのなさこそが、ある時期の僕を救っていたという話を。

あの夜のコンビニ駐車場と、ヴィッツRSという入口


二十代のはじめ、僕の周りには高い車が並んでいた。
R32のGT-R。S14のシルビア。給料のほとんどを峠とサーキットに溶かしていた仲間たちだ。僕自身も、その熱の中にいた。

でも、その熱には、いつも少しだけ息苦しさがあった。
タイヤ一本が、家賃の半分。ブレーキパッドを替えるたびに、財布が薄くなる。速さは確かに快感だったが、その快感には、いつも値札がぶら下がっていた。

そんなとき、後輩のひとりがヴィッツRSのMTで現れた。
「先輩、笑わないでくださいよ」と言いながら、彼は嬉しそうにキーを回した。安っぽくない、けれど立派でもない、控えめなエキゾーストノートが響いた。

その音を聞いて、僕は不思議と笑えなかった。
むしろ、少しだけ羨ましかった。彼の顔には、値札のぶら下がっていない笑顔があったからだ。

ヴィッツRSは、初任給で買った腕時計に似ている。
高級でもなければ、精密でもない。けれど、毎朝それを手首に巻く瞬間に、自分はもう子どもじゃないと思える。背伸びをしなくても、ちゃんと前を向ける。そういう手触りの相棒なのだ。

速さだけが、車に乗る理由じゃない。
そのことを、僕はこの小さなコンパクトから教わった。だから今日は、ヴィッツRSという「等身大の入口」を、できるだけ正直に語りたい。

ヴィッツRS初代(NCP13)──ヴィッツ初の1.5Lという小さな事件


ヴィッツRSの物語は、二〇〇〇年の秋から始まる。
もともとは「Uユーロスポーツエディション」という、ちょっと欧州っぽい味付けのパッケージだった。それが同年十月、独立した一つのグレード「RS」へと昇格したのだ。

このときのRSには、ひとつ小さな事件があった。
ヴィッツという車種にとって、初めて1.5リッターのエンジン(1NZ-FE)が積まれたのだ。それまでは1.0や1.3が中心の、街乗りのための小さな車だった。

スペックを並べておこう。
最高出力は81kW、110馬力を6,000回転で。最大トルクは14.6kgf・mを4,200回転で発生する。トランスミッションには、ちゃんと5速MTが用意されていた。足元は185/55R15。リヤブレーキはディスク化されていた。

数字だけ見れば、慎ましい。令和の感覚なら、なおさらだ。
でも、当時のヴィッツに「タコメーター付きのメーター」が初めて与えられたという事実に、僕は妙に胸が熱くなる。回転計があるということは、エンジンを「使う」ことを前提にしている、という宣言だからだ。

この経緯は、いまもwebCGのRS登場ニュースに淡々と記録されている。
専用チューニングのサスペンション、専用バンパー、本革巻きステアリング。背伸びはしていない。けれど、確かに「走り」の方を向いていた。

夜、信号待ちでタコメーターの針を見つめる。
アイドリングで、針がかすかに震えている。その震えを見ているだけで、明日もこの車で走れる、と思えた。それが初代RSの、ささやかな魔法だった。

130系(NCP131)のヴィッツRS──109馬力という正直なスペック


時代が進み、ヴィッツは三代目、いわゆる130系へと進化する。
このなかでスポーツの旗を背負ったのが、型式NCP131のヴィッツRSだ。中古市場で「ヴィッツRSのMT」を探すとき、いま多くの人が出会うのが、この世代だろう。

心臓は、初代から続く1NZ-FE。排気量は1,496cc。
最高出力は109馬力。前輪駆動で、トランスミッションは5MTとCVTが選べた。足元のタイヤサイズは195/50R16。ホイールサイズはPCD100の4穴で、純正は16インチが奢られていた。

109馬力。
この数字を見て「遅い」と言う人がいるのは、よく分かる。スペック表の上では、確かに突出したところは何もない。だが、ヴィッツRSの面白さは、この「足りなさ」の中にこそある。

トルクは、薄い。だから、回さないと前に出ない。
峠の登りでは、ギアを一枚落として、エンジンを高い回転で保っておく必要がある。アクセルを床まで踏んでも、背中を蹴飛ばされる感覚はない。けれど、自分の右足とエンジンが直接つながっている、あの素朴な手応えがある。

このキャラクターを、自動車サイトのwebCGは試乗記でうまく言い当てている。
硬めの脚がもたらすハンドリングには「張り」があって生きがいい、と評価しながら、こうも書いていた。

スポーツモデルならではの「ドラマ性」には、少し欠ける。

その通りだと思う。
劇的な加速もなければ、官能的な咆哮もない。けれど、僕はこの正直さが嫌いになれない。背伸びをしていないから、嘘もつかない。エンジンの素性については、GAZOOのオーナー紹介記事を読むと、その温度がよく伝わってくる。

下手な日は、下手なまま走る。
うまく回せた日は、ほんの少しだけ速くなる。ヴィッツRSは、ドライバーの今日の調子を、そのままメーターに映してくる鏡のような車なのだ。

薄いトルクを、右足で読む楽しさ

109馬力という数字を、もう少しだけ別の角度から語らせてほしい。
このエンジンは、低い回転ではあまり仕事をしない。だから、ただ漫然と流していると、いつまでも本気を出してくれない。

けれど、回転を四千、五千と引っ張ってやると、表情が変わる。
1NZ-FEは、もともと実用のために作られた素直なエンジンだ。鋭い牙はない。それでも、上まで回したときの軽やかな伸びには、確かに「もう少し走りたい」と思わせる気持ちよさがある。

シフトを一枚落とす。クラッチをつなぐ。回転を保つ。
その一連の動作が、すべて自分の意思で完結している。電子制御が先回りして助けてくれるわけではない。だからこそ、峠をひとつ抜けたときの達成感は、馬力の数字では測れないほど大きい。

これは、薄いトルクを右足で読む遊びだ。
豊かなパワーに身を任せるのではなく、足りない力をどう使い切るかを考える。その不便さが、僕には何より贅沢に思える。便利なだけの車には、この種の手応えは宿らない。

G’sとは何か、RSとどう違うのか


NCP131のヴィッツRSには、さらに尖った兄弟がいる。
それがRS G’sだ。中古を探していると「ヴィッツRS G’s」という表記によく出会う。では、ノーマルのRSと、このG’sは、いったい何が違うのか。

まず、はっきりさせておきたいことがある。
G’sになっても、エンジンは1NZ-FEのまま。馬力も109馬力で変わらない。つまり、これはターボを載せて力でねじ伏せる方向の改良ではないのだ。

では、どこが違うのか。
答えは、ボディと脚にある。G’sには専用チューニングのサスペンションが組まれ、さらにボディにはスポット溶接が追加されている。要するに、車体の骨格そのものを締め直しているのだ。

その思想が、僕にはたまらない。
馬力を足すのではなく、剛性で速くする。エンジンの数字には触れず、走りの土台を磨く。地味だが、これは本物の整備士が好む種類の改良だ。

さらにG’sには、ヘリカルLSDがメーカーオプションで用意されていた。
これが効くと、コーナーの立ち上がりでリアがぐっと路面を掴み、「よく曲がる」と評される。この感触は、GAZOOのRS G’sオーナー紹介でも語られている通りだ。

そして、この「G’s」という名前には、続きがある。
二〇一七年、トヨタはスポーツコンバージョンの名を、レース部門の頭文字をとった「GR」へと一新した。ヴィッツも、G’sからGR SPORTへと受け継がれていく。

同じ素材が、名前を変えて生き延びていく。
その系譜の違いは、Webモーターマガジンの乗り比べ記事が丁寧に整理してくれている。G’sも、GR SPORTも、根っこにあるのは「パワーじゃない方向で走りを良くする」という、ひとつの頑固さなのだ。

スイフトスポーツと比べてどうなのか


ヴィッツRSを語るとき、避けて通れない名前がある。
スズキのスイフトスポーツだ。同じ国産コンパクトの走り系として、必ず比較される好敵手である。

結論から、正直に言おう。
速さや専用設計の濃さでは、スイフトスポーツに軍配が上がる。これは、ひいき目を抜きにした事実だ。けなすつもりは、まったくない。

その理由は、立ち位置の違いにある。
スイフトスポーツは、スイフトの一グレードではなく、独立した専用モデルだ。シャシーもボディも、走るために専用で仕立てられている。一方のヴィッツRSは、あくまでヴィッツという車種の中の「スポーツグレード」なのだ。

数字でも、その差は見える。
現行に近いスイフトスポーツ(ZC33S)は、1.4リッターのターボで140馬力。最大トルクは23.4kgf・mと厚く、車重は1トンを切る970kg。回さなくても、低い回転からぐいぐい前に出る。

かたや、ヴィッツRSは1.5リッターのNAで109馬力。
トルクは薄く、回して使う。並べてしまえば、加速ではかなわない。スイフトスポーツは、よくできた、真っ当に速いホットハッチだ。そこに敬意を払うことに、何のためらいもない。

では、ヴィッツRSに価値はないのか。
そうは思わない。先日、昔の峠仲間と話したとき、彼がぽつりとこう言った。

ヴィッツRSは速くない。でも、自分の下手さが、ぜんぶ見えるんだよ。だから、嘘がつけなくて、うまくなる。

これが、答えなのだと思う。
ターボの力で覆い隠してくれない。だから、自分の運転が、そのまま結果に出る。スイフトスポーツが「速さで応えてくれる相棒」なら、ヴィッツRSは「下手さと向き合わせてくれる先生」だ。求めるものが、違うだけなのだ。

中古のヴィッツRSをどう選ぶか──MT・距離・素性


ここから先は、実際に中古を探す人のための話だ。
「ヴィッツRSの中古、できればMTで」。そう思っているなら、いくつか知っておいてほしい背景がある。

まず、ヴィッツRSには、生まれながらの「レースの素性」がある。
二〇〇〇年から、ヴィッツを使ったワンメイクレースが続いてきた。Netz Cup Vitz Race。これは日本で初めての、JAF公認・ナンバー付きのワンメイクレースだった。

面白いのは、その参加者の顔ぶれだ。
TOYOTA GAZOO Racingの公式ページによれば、参加者のおよそ半分は、レース初心者だという。女性のドライバーも多い。つまりヴィッツは、最初から「等身大のモータースポーツの入口」として作られてきた車なのだ。

だから、中古を選ぶときも、その素性を思い出してほしい。
この車は、深夜の通学路でも、初めてのサーキットでも、肩肘張らずに付き合える一台として育ってきた。選び方も、それと同じでいい。

具体的に見るべき点を、いくつか挙げておく。

  • 5MTかどうか。中古MTは台数が減っているので、見つけたら素早く動く
  • 整備記録の有無。タイミング系やクラッチの交換履歴があれば心強い
  • 競技で酷使された個体かどうか。ロールバーの取り付け痕や、足の極端な改造に注意
  • 純正に近い素性。タイヤサイズやホイールサイズが純正から大きく外れていないか

先日、馴染みの中古車店で店主が、こんなことを言っていた。

ヴィッツRSのMTを探してる若い子、最近じわっと増えてるよ。初めての一台に、ってね。みんな、いい顔して帰っていく。

その光景が、目に浮かぶようだった。
かつての僕や、あの後輩と、きっと同じ顔だ。背伸びをしない一台を選んで、少しだけ誇らしげに鍵を受け取る。そういう入口に、この車はいつだってふさわしい。

安さだけで飛びつくのは、おすすめしない。
けれど、丁寧に乗られてきた素性のいい一台に出会えたなら、ヴィッツRSは長く、嘘なく付き合える相棒になる。値札の数字より、前のオーナーの人柄を読むことだ。

最初の一台に、なぜこの車がいいのか

もし若い誰かに「最初の趣味の車は何がいい」と聞かれたら、僕はヴィッツRSの名前を挙げると思う。
理由は単純だ。失敗しても、傷が浅くて済むからだ。

車重は軽く、タイヤサイズも185/55R15や195/50R16と、決して特殊ではない。
消耗品も国産コンパクトの範囲で収まる。タイヤ一本を替えるたびに胃が痛む、ということがない。背伸びをしない車は、財布にも、心にも、優しいのだ。

そして何より、この車は壊れにくい。
1NZ-FEは、世界中で数えきれないほど作られた、トヨタの実用エンジンだ。手のかかる名車に憧れる気持ちは分かる。でも、最初の一台は、まず「走り続けられること」が何より大切だと、僕は経験から思う。

背伸びをしない入口から、走る歓びを知る。
そこからシルビアでも、ロードスターでも、好きな道へ進めばいい。ヴィッツRSは、その最初の一歩を、静かに支えてくれる一台なのだ。

よくある質問

ヴィッツRSの馬力とスペックは?

エンジンは1.5リッターの1NZ-FE。
初代(NCP13)は110馬力で14.6kgf・m、足元は185/55R15。三代目130系(NCP131)は109馬力で、タイヤサイズは195/50R16が純正だ。いずれも前輪駆動で、5MTとCVTが選べた。突出した数字はないが、回して楽しむNAらしい素直さがある。

初代NCP13と130系NCP131、どちらを選ぶ?

味で選んでいい問いだと思う。
軽さと素朴さ、そして「ヴィッツ初の1.5L」という歴史の香りを求めるなら初代。ボディ剛性や装備のまとまり、中古の流通量を取るなら130系のNCP131だ。中古MTの探しやすさでは、130系のほうがやや有利だろう。

ヴィッツRSにターボはある? G’sとの違いは?

ヴィッツRSは基本的にNA(自然吸気)で、ターボのグレードではない。
G’sはRSをベースにしたスポーツ仕様だが、エンジンと馬力はノーマルRSと同じだ。違いは、専用サスペンションとスポット溶接によるボディ剛性アップ、そしてヘリカルLSDの設定など、脚と骨格の側にある。パワーではなく、走りの土台で差をつけた一台だ。

スイフトスポーツとどっちがいい?

速さで選ぶなら、スイフトスポーツだ。
1.4ターボで140馬力、1トンを切る軽量ボディの専用モデルで、純粋に速い。一方でヴィッツRSは、あくまでヴィッツの一グレードとしての等身大の走り。自分の運転の下手さと正直に向き合いたいなら、ヴィッツRSという選択にも、確かな意味がある。

まとめ


ヴィッツRSは、賢い選択ではないかもしれない。
速くはないし、希少でもない。スペック表で誰かに自慢できる一台でもない。数字の上では、いくらでも「足りなさ」を並べられる。

それでも、僕はこの車のことを、ずっと忘れられないでいる。
背伸びをしない軽さ。回さないと前に出ない正直さ。深夜の幹線道路を、意味もなく流せる気軽さ。そのすべてが、ある時期の僕の心を、静かに守ってくれていた。

家族のために実用車を選んだ君へ。
その選択は、間違っていない。立派な、大人の判断だ。けれど、その横にもう一台、初任給で買った腕時計のような相棒を置くことを、誰も責めはしない。背伸びをしない一台にも、ちゃんと走る意味は宿っている。

あの夜のコンビニ駐車場の蛍光灯を、僕はまだ覚えている。
缶コーヒー一本と、回す前のタコメーターの、かすかな震え。──さあ、君は、何に乗って、どこへ遠回りをする。

執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)

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