雨上がりの林道に、土と濡れた葉の匂いが立ちこめていた。
家族をキャンプ場のロッジ前で降ろし、忘れ物を取りに、僕はひとり車に戻った。タイヤのサイドには、さっき抜けてきたぬかるみの泥が、まだ生乾きのまま貼りついている。背の高い車体が、デコボコの砂利を踏むたびにゆさりと沈む。
運転席のドアを閉めると、世界の音が遠くなった。さっきまで子どもの笑い声で満ちていた車内が、急に僕だけのものになる。
帰り道。短いトンネルにさしかかった、その時だった。低い回転から、車体の奥で何かが目を覚ます。背中を、見えない手のひらがそっと押す。背の高いSUVのはずなのに、車体はぴたりと姿勢を低くして、闇の出口へ吸い込まれていった。
STIのフォレスターは、よく躾けられた猟犬に似ている。普段は家族の足元で泥を払い、おとなしく寄り添っている。けれど山に入った瞬間、鼻先がぴくりと動いて、別の生き物になる。今日は、その犬の話をしようと思う。
あの林道で、フォレスターSTIは別の生き物になった

はじめてフォレスターSTIに同乗したのは、もう十年以上前のことだ。峠仲間のひとりが、SUVを買ったと言うので、正直、少しだけ拍子抜けしていた。僕らはずっと、地を這うようなクーペの世界で生きてきたからだ。
だが、助手席に乗せられて、その認識は一瞬で崩れた。視線は高い。荷室にはキャンプ道具が積まれている。完全に「家族の車」の顔をしている。それなのに、ワインディングに入ると、車体はまるで別人格を呼び出したように沈み込んだ。
SUVの背の高さは、本来、運動性能の敵だ。重心が高ければ、コーナーで車体は外へ傾く。それが物理の道理というものだ。
けれど、その車はその道理に、静かに逆らっていた。逆らうための装備を、隅々まで仕込まれていたからだ。背が高いまま、俊敏に走る。その矛盾こそが、フォレスターSTIという存在の核心だった。
「フォレスターSTI」と一口に言っても、その中身は一枚岩ではない。型式によって、性格がまるで違う。ガチで速いコンプリートカーもあれば、上質な乗り味を磨いた快適仕様もある。
その違いを取り違えたまま中古を探すと、後で必ず食い違いが生まれる。だから今日は、その系譜を一本ずつ、できるだけ正直にほどいていきたい。
SG9という快挙──ブレンボを履いた265馬力のSUV

フォレスターSTIの核心に、まず一台を置くなら、僕は迷わずSG9を選ぶ。二〇〇四年二月に世に出た、二代目フォレスターのSTIバージョンだ。
心臓は、EJ255系。2.5リッターの水平対向四気筒DOHCターボ。最高出力265馬力を5,600回転で、最大トルク38.5kgf・mを3,600回転で叩き出す。トランスミッションは、6速のマニュアルだ。
数字を並べただけでは、この車の体温は伝わらない。大事なのは、トルクのピークが3,600回転という低さにあることだ。高い回転まで絞り上げなくても、踏んだ瞬間に背中へ力が来る。
あの林道のトンネルで僕の背中を押したのは、まさにこの低回転のトルクだった。SUVの重い車体を、低い回転のうちから引きずり出す。0-400メートルは13秒から14秒台と評されている。SUVの車高で、この加速は当時の常識の外にあった。
そして、この6速MTには出自がある。WRX STiのマニュアルをベースに、ギア比を組み替えたものなのだ。クラッチのストロークは短く、踏み応えはガシッと硬い。シフトの剛性感は、そのへんのSUVとは別世界だった。
足元には、ブレンボ製の対向ブレーキ。タイヤは225/45R18のブリヂストンPOTENZA RE030。シュアトラックのLSDまで奢られている。MOTOR DAYSの新車試乗記は、この車をこう言い当てていた。
フォレスターの皮を被ったWRX STi。あるいは、小型のポルシェ・カイエン。
言い得て妙だと思う。実用SUVの服を着て、中身はラリーの心臓。それがSG9のフォレスターSTIだった。
もちろん、代償もある。カタログ燃費は10km/L前後、実燃費は8km/L台。ハイオク指定。この現実は、後の章でちゃんと向き合おう。それでも僕は、この一台に宿る快挙を、まず称えておきたい。
同じ265馬力でも、WRXとは違う出方をする
面白いのは、同じ265馬力でも、WRX STiの2.0リッターとは力の出方が違うことだ。WRXは、高い回転で一気にブーストが立ち上がる、鋭いナイフのような出力だった。
対してSG9の2.5リッターは、低い回転から太いトルクで押してくる。林道の登りでも、ぬかるみを脱出するときでも、回転を上げきる前にもう前へ出ている。
これは、SUVという用途を本気で考えた答えなのだと思う。サーキットの一発ではなく、山道や悪路で「いつでも前に出る」力。STIは、フォレスターという車の性格を、ちゃんと理解した上でチューニングしていた。
初代SF5の記憶──EJ20と、限定800台のタイプM

SG9の前に、もう一台、語らなければならない車がある。初代、SF5のフォレスターだ。フォレスターという車そのものが、一九九七年にここから始まった。
初代は最初から、EJ20の2.0リッターターボを積んだホットなグレードを持っていた。そこへSTIが手を入れたのが、STI version系のコンプリートカーだ。
頂点に立つのが、二〇〇一年のSTI II タイプM。エンジンはEJ20を磨き上げ、250馬力を6,000回転で、31.5kgf・mを4,000回転で発生する。トランスミッションは5速MT。
足元には専用のストラットとコイル、大径ブレーキ。RAYS製の17インチ鍛造ホイールに、225/45R17を履く。専用のフロント・リアバンパー、大型のリアスポイラーといったエアロをまとい、ステアリングはMOMOの本革だった。
そして、この車の値打ちを決定づける一行がある。STI公式のヒストリーによれば、STI II タイプMは限定800台のコンプリートカーだった。
普通車のSUVに、STIがインプレッサで培ったノウハウを丸ごと移植する。今となっては、なかなか信じがたい贅沢だ。STIは公式に、この車を走る愉しさと所有する悦びを両立させた特別なフォレスターと位置づけていた。
SG9の低回転トルク型とは違い、SF5のEJ20は高い回転で伸びていく性格だ。同じSTIの三文字でも、回して愉しむ初代と、押し出す力で語る二代目。乗り味の哲学が、はっきりと違う。
だから、初代SF5を選ぶ人は「軽さと回す愉しさ」を、SG9を選ぶ人は「太いトルクと6MTの剛性感」を求めることになる。どちらが上、という話ではない。どんな山に、どう登りたいか、の違いなのだ。
STIスポーツは、同じ三文字の別物だ

ここからが、いちばん誤解されやすい話だ。近年のフォレスターには、STIスポーツというグレードがある。新型を検討している人なら、まずこの名前に出会うはずだ。
名前にSTIが入っている。だから、SG9やSF5のような「ガチのSTIコンプリート」を期待する人がいる。でも、ここははっきりさせておきたい。STIスポーツは、コンプリートカーとは性格が違う。
現行に近いSK系のSTIスポーツは、エンジンにCB18型の1.8リッター直噴ターボを積む。出力は177馬力、300N・m。このエンジンは、標準車と同じユニットだ。STIスポーツ専用にエンジンを締め上げているわけではない。
では、何が「STIスポーツ」たらしめているのか。主役は、二つある。脚と、内装だ。
脚には、STIチューニングのダンパーが入る。フロントには日立Astemo製のSFRD、周波数応答型ダンパー。これが、なかなか粋な仕事をする。
- コーナーのように車体へ大きな入力が来たときは、減衰力を高めてロールを抑える
- 普通に流しているときは、減衰力を下げて細かな振動をいなし、乗り心地を稼ぐ
- しかも電子制御に頼らず、シンプルな構造でそれをやってのける
速さで殴る車ではない。脚の上質さで、走りの質を底上げする車だ。先日、STIスポーツに試乗した同志が、こんなことを言っていた。
速さじゃないんだ。雨の林道で、車体のロールがふっと消える。あの脚の上品さに、僕は金を払う。
その言葉が、STIスポーツの本質を突いていると思う。SG9が「牙」だとすれば、STIスポーツは「立ち居振る舞いの美しさ」だ。求めているものが、そもそも違う。
どちらが偉い、という話ではない。山で吠える猟犬が欲しいのか、家のそばを上品に歩く犬が欲しいのか。その違いを取り違えなければ、STIスポーツは実に良くできた一台なのだ。
ブラックインテリアセレクションという、大人の答え

そのSTIスポーツに、二〇二四年、ひとつの特別仕様が加わった。STIスポーツ ブラックインテリアセレクションだ。
これは、内装の質感に振り切った一台だ。ドアを開けた瞬間の、あの黒の密度。シートはブラックのナッパレザー。そこへシルバーのステッチが、夜の道に引かれた白線のように走る。
インパネのアッパートリムにもシルバーステッチ。BピラーとCピラーは、ピアノブラックで磨かれている。外には、この仕様専用のオフショアブルー・メタリックという色まで用意された。
この内装の方向性は、SUBARU公式のニュースリリースに詳しい。ベースのSTIスポーツがボルドーの差し色を持つのに対し、こちらは黒で統一し、静かに引き締めている。
気になる価格は、385万円。パワーリアゲート付きで390.5万円。ベースのSTIスポーツが374万円だから、差額はおよそ11万円だ。
商談の席で、この黒革を前にした同世代が、ぽつりとこぼしていた。「+11万で、この質感は反則だろう」と。その気持ちは、よく分かる。webCGの登場ニュースも、この内装の仕立ての良さに筆を割いている。
速さを欲しがる年齢は、いつか少しずつ過ぎていく。けれど、毎日座る場所の質には、むしろ年を重ねるほど敏感になる。ブラックインテリアセレクションは、そういう大人の、もうひとつの答えなのだと思う。
中古でフォレスターSTIを選ぶ──相場・MT・後悔しないために

ここから先は、実際に中古を探す同志のための、現実的な話だ。とくにSG9のSTIバージョンを狙うなら、知っておいてほしい背景がいくつかある。
まず相場。旧車王の買取相場の資料を見ると、SG9 STIバージョンはおよそ50万円から230万円台で取引されている。状態の振れ幅が、そのまま価格の振れ幅になっている。
そして、タマ数が少ない。もともと数の出た車ではない。だから、MTで純正度の高い良個体は、市場に出た瞬間に問い合わせが先に入る。馴染みの中古車店主が、こう言っていた。
SG9のSTI、MTで純正に近いタマは、ネットに載る前に電話が鳴るよ。SUVなのにブレンボってだけで、目の色が変わる客がいるんだ。
その光景は、目に浮かぶようだった。だからこそ、見極めが要る。後悔しないために、僕が見るポイントを挙げておく。
- MT車かどうか。SG9の6速MTはこの車の魂なので、可能なら最優先で探す
- 純正度。過度なエアロやホイール、社外マフラーで原型を失っていないか
- 整備記録。ターボ車ゆえ、オイル管理とタービン周りの履歴は心強い
- 悪路で酷使された個体かどうか。下回りの打痕や足の状態を必ず見る
- 認定中古車という選択。保証の付いた認定中古車なら、SUBARUの目で一度チェックされた安心がある
後悔の芽は、たいてい買う前から見えている。最大のものは燃費だ。SG9はハイオク指定で、実燃費は8km/L前後。これを「高い」と感じるなら、無理に追わないほうがいい。
けれど、その燃費と引き換えに、低回転から押し出すあのトルクが手に入る。数字の損得だけでは割り切れない何かが、この車にはある。それを承知の上で選ぶなら、後悔は驚くほど少ない。
カスタムやパーツの世界も、まだ生きている。マフラーはFUJITSUBOをはじめ社外品の選択肢があり、ホイールやエアロも探せば見つかる。ただし、僕の本音を言えば、SG9はまず純正の素性を味わってほしい。STIが仕上げた完成形を、最初から崩すのはもったいない。
泥を浴びても、似合う。家族を乗せても、文句を言わない。それでいて、山に入れば牙を見せる。中古のフォレスターSTIを選ぶというのは、そういう一台と暮らす覚悟を、静かに決めることなのだ。
よくある質問

フォレスターSTI(SG9)の馬力とスペックは?
SG9のフォレスターSTIバージョンは、EJ255系の2.5リッター水平対向ターボを積む。最高出力265馬力、最大トルク38.5kgf・mで、トランスミッションは6速MTだ。ブレンボ製ブレーキ、POTENZA RE030、シュアトラックLSDを備える。低回転から効くトルク型の出力が、このSUVの大きな魅力になっている。
初代SF5のSTIと、2代目SG9のSTIはどう違う?
エンジンと性格が違う。初代SF5はEJ20の2.0リッターで250馬力、高い回転で伸びる5MTの車だ。限定800台のタイプMなどコンプリートカーが存在する。対して2代目SG9はEJ255の2.5リッターで265馬力、低回転トルク型の6MT。回して愉しむ初代と、押し出す力で走る二代目、という違いだと考えると分かりやすい。
STIスポーツとSTIコンプリートは、何が違う?
立ち位置がまるで違う。SF5やSG9のSTI(バージョン)は、エンジンやブレーキまで踏み込んだガチのコンプリートカーだ。一方、近年のSTIスポーツはカタログのグレードで、エンジンは標準車と同じ。主役はSFRDダンパーと内装の質感にある。速さを求めるならコンプリート、上質な乗り味と内装を求めるならSTIスポーツ、という選び分けになる。
フォレスターSTIの中古、後悔しない選び方は?
まず燃費を受け入れられるか確認することだ。SG9はハイオク・実燃費8km/L前後で、これが最大の後悔ポイントになりやすい。その上で、MT・純正度・整備記録・下回りの状態を見る。保証の付いた認定中古車なら、初めてのスバルターボでも安心して付き合いやすい。
STIスポーツ ブラックインテリアセレクションの内装の違いは?
内装をブラックで統一したのが特徴だ。ブラックのナッパレザーにシルバーステッチ、ピアノブラックのBピラー・Cピラーで引き締めている。ベースのSTIスポーツがボルドーの差し色を持つのに対し、こちらは落ち着いた黒の世界。価格は385万円で、ベースに対しおよそ11万円高の設定だ。
まとめ

フォレスターSTIは、賢い選択ではないかもしれない。燃費は重く、タマ数は少なく、ハイオクを飲む。スペック表だけ見れば、もっと効率のいいSUVはいくらでもある。
それでも、この車のことを忘れられない大人がいる。理由は、たぶん一つだ。背の高い実用車の中に、ラリーで鍛えられた魂が、いまも静かに息づいているからだ。
家族を乗せ、泥を浴び、おとなしく寄り添う。けれど山に入れば、鼻先がぴくりと動いて、別の生き物になる。その二つの顔を、一台で持っている。これほど欲張りな相棒は、そういない。
家族のために実用的なSUVを選んだ君へ。その選択は、何ひとつ間違っていない。立派な、大人の判断だ。けれど、その実用車の中に、少しだけ牙を仕込んでおくことを、誰も責めはしない。
雨上がりの林道の、あの土の匂いを、僕はまだ覚えている。背の高い車体がぐっと沈み込んで、闇のトンネルへ吸い込まれていった、あの一瞬を。──さあ、君は、どの山へ、何を連れて登る。
執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)



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