正直に告白する。二〇〇五年、三代目ロードスターが出たとき、僕は、少しがっかりした。
大きくなった。重くなった。全幅が広がり、ロードスター史上はじめて、三ナンバーになってしまった。あの、五ナンバーの軽快な小箱が、ロードスターの正義だと信じていた僕は、心のどこかで「これは、もうロードスターじゃないのかもしれない」と、つぶやいていた。世間でも、同じ声が、たしかにあった。
それから、長い時間が流れた。僕も、歳をとった。常にエンジンを高回転で回し続ける走りが、少しずつ、しんどくなってきた。そんなある日、知人のNCに乗せてもらって、はっとした。
これは、叱られて大きくなった三代目ではない。歳を重ねた僕らのために、大人になって帰ってきたロードスターだったのだ。今日は、そのNCの話をしよう。長く誤解され、いま静かに見直されている、二枚目の物語を。
大きくなって、叱られた三代目の物語

NCが大きくなったのには、はっきりとした理由がある。
このクルマの基本骨格は、マツダ最後のロータリースポーツ、RX-8と共通化された、新しいプラットフォームだった。くるまのニュースの記事も指摘するように、四ドアで二〇〇馬力級のRX-8と土台を分け合った以上、ボディが大きく、しっかりするのは、ある意味で必然だった。全幅は一七二〇ミリに広がり、ロードスターは初めて三ナンバーの世界に足を踏み入れた。
当時、これは賛否を呼んだ。「軽快さが失われた」という声。一方で、トレッドが広がったことで、走りの安定感と懐の深さは、確実に増していた。事実、NCは二〇〇五年から二〇〇六年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。歴代ロードスターとして、初めての栄誉だった。叩かれながら、しっかりと評価もされていた。不器用な三代目だったのだ。
いま思えば、NCは、生まれた時代が少しだけ早すぎたのかもしれない。軽さこそ正義、という物差しだけで測られ、その奥にある「余裕」という新しい価値が、まだ理解されなかった。だが、クルマも、人も、本当の魅力が分かるまでには、時間がかかる。NCの真価が伝わり始めたのは、登場から、ずいぶん経ってからのことだった。
NCロードスターは、なぜ2.0Lになったのか

NC最大の変化は、エンジンだ。初代NA、二代目NBが守ってきた1.6リッターと1.8リッターの世界から、NCは歴代で初めて、2.0リッターへと踏み込んだ。
搭載されたのは、LF-VE型の2.0リッター直列四気筒。最高出力は170馬力、ATでは166馬力。数字だけなら、特別に速いわけではない。だが、このクルマの本質は、最高出力ではなく、その下に広がる分厚いトルクにある。
NBまでのロードスターは、常にエンジンを高く回し続けて、はじめて気持ちよく走る、という性格だった。回す歓び。それは、若さの特権でもあった。対してNCは、違う。低い回転から、ぐっと粘る。三速のまま、アクセルを少し踏み増すだけで、ワインディングを淀みなく流していける。回さなくても、いい。トルクが、余裕で押し出してくれる。
峠と街を半々で使う旧友が、NCのステアリングを握りながら、こうつぶやいた。
2.0になって、速さじゃなくて、余裕が増えたんだよ。昔のロードスターみたいに、いつも回し続けなくていい。三速のトルクだけで、流せる。歳をとった僕の右足に、ちょうど合うようになった一台なんだ。
言い得て妙だ。回す歓びから、流す歓びへ。NCは、その移ろいを、見事に体現している。幌を開け、夕暮れの海沿いを、低い回転のトルクに身をあずけて、ゆったりと流す。風が、頬を撫でていく。急がない。それでいい。そういう速さの楽しみ方を、このクルマは教えてくれる。若い頃には、決して分からなかった種類の、豊かさだ。
もちろん、回したいときには、ちゃんと応える。中期のNC2以降は、レブリミットが引き上げられ、上までしっかり伸びるようになった。普段はトルクで悠々と流し、その気になればタコメーターの針を高みへ送り込む。一台で、二つの走り方を選べる。これもまた、NCという世代の、懐の深さだ。低回転の余裕と、高回転の伸び。その両方を、気分で行き来できる贅沢を知ると、もう手放せなくなる。
RHTという、もう一つの顔──12秒の魔法

NCを語る上で、絶対に外せない発明がある。パワーリトラクタブルハードトップ、通称RHTだ。
これは、二〇〇六年に追加された、電動格納式のメタルトップ。ボタン一つで、硬い金属の屋根が、後方へとたたまれていく。マツダの公式リリースによれば、その開閉時間は、わずか約12秒。登場時、世界最速級の速さだった。しかも、屋根をたたんでも、トランクの容量はほとんど変わらない。開放感も、荷物も、どちらも諦めない設計だった。
このRHTが、NCに「二つの顔」を与えた。屋根を閉じれば、静かで快適なクーペ。高速道路でも、風切り音は穏やかで、長距離も苦にならない。そして、ボタンを押して12秒。屋根が消えれば、開放感あふれるオープンスポーツへと早変わりする。一台で、まったく性格の違う二つのクルマを、乗り分けられる。
信号待ちの、わずかな時間。ふと空を見上げて、屋根を開けたくなる。ボタンを押すと、金属の屋根が、静かに、滑らかにたたまれていく。その所作は、どこか優雅な舞いのようでもある。布の幌を手で開け閉めする楽しさも捨てがたいが、RHTには、RHTにしかない上質な満足感がある。大人の二枚目。NCのこのRHTを、僕はそう呼びたい。気分や天気で、顔を使い分けられる余裕こそ、このクルマの粋なのだ。
NCロードスター NC1・NC2・NC3で、何が変わったのか

中古でNCを探すなら、世代の区分を知っておくといい。NCは、十年の生産期間に、大きく三度、表情を変えている。
まず、二〇〇五年からの初期型、NC1。すべての始まりの世代だ。エンジンのレブリミットは七〇〇〇回転だった。
次に、二〇〇八年末のマイナーチェンジで登場した、NC2。ここで顔つきが変わる。マツダ車の象徴となる、五角形のフロントグリルが採用された。走りも手が入り、レブリミットが七五〇〇回転まで引き上げられ、フロントのロールセンターを下げるなど、より「回して曲げる」方向へと味付けが変えられた。中身も、しっかり進化していたのだ。
そして、二〇一二年からの最終型、NC3。フロントデザインがさらに変わり、安全面では、衝突時にボンネットの後端を持ち上げて歩行者を守る、アクティブボンネットが採用された。スポーツカーらしさと、現代の安全への配慮を、両立させた最終進化形と言っていい。
どの世代を選ぶか。精悍な最終型のNC3か、走りの方向性が好まれるNC2か。あるいは、価格のこなれた初期のNC1か。それぞれに、選ぶ理由がある。中古の現車を前にしたら、まずグリルの形で、おおよその世代を見分けてみてほしい。
同じNCという名前でも、初期と最終では、顔も中身も、想像以上に違う。これは弱点ではなく、長く作り続けられた証だ。十年という歳月をかけて、マツダはこのクルマを、地道に磨き続けた。その積み重ねを知ると、世代ごとの差すらも、選ぶ楽しみに変わってくる。自分が惚れた一台が、どの時期のNCなのか。それを知ることもまた、所有の歓びの一部なのだ。
NR-Aという、買ってすぐ走れる一台

NCには、走りの好きな人間にとって、たまらないグレードがある。NR-Aだ。
これは、ただのスポーツグレードではない。マツダが主催するワンメイクレース、ロードスター・パーティレースに、そのまま参加できる、純正の競技ベース車なのだ。マツダの公式サイトを見ると、ビルシュタイン製のダンパー、トルセンのLSD、サスペンションタワーバーなどが、標準で奢られているのが分かる。買って、ナンバーを付けて、そのままサーキットへ行ける。そういう思想のクルマだ。
この一台の背景には、一人の技術屋の執念がある。NB、NCと開発主査を務めた、ミスター・ロードスターこと、貴島孝雄氏だ。GAZOOのインタビューで、彼は興味深い裏話を明かしている。RX-8と土台を共有したNCは、その重さやパワーに耐える強度ゆえに、足まわりの軽量化が難しかった。だが彼は、円高による部品コスト見直しの指示を、逆手に取った。RX-8と共用していた部品を、あえてロードスター専用のアルミ製アームなどに設計し直し、軽さと、ロードスターらしさを取り戻したのだ。
大きくなった、重くなった、と言われながら、その内側では、開発者が「らしさ」を死守するために、知恵と執念を注ぎ込んでいた。NR-Aという一台は、その執念が、最も純粋な形で結実したグレードだと言える。叱られても、芯だけは、絶対に手放さない。その頑固さに、僕は静かな敬意を覚える。
なぜいま、NCロードスターは再評価されているのか

長く、不当なほど低く見られてきたNC。だが、その評価は、いま静かに、しかし確実に、変わりつつある。
理由の一つは、相場だ。初代NA、二代目NBの中古価格が高騰したいま、状態のいい個体が、比較的手頃に手に入るロードスターは、NCをおいて他にない。ベストカーの記事も、かつて不評だったNCが、いま再評価され、中古価格が動き始めていると報じている。同じ予算なら、NA・NBより新しく、状態のいい一台が買える。これは、大きな魅力だ。
馴染みの整備工場の店主が、こんなことを言っていた。
NCを持ち込むお客さんは、NAやNBで一度燃え尽きた、出戻り組が多いんだよ。RX-8と同じ素性だから足まわりは骨太で、距離を走った個体でもボディがヘタりにくい。電動ハードトップのモーターやヒンジまわりだけ、年式なりに点検しておけば、長く乗れるクルマだね。
もちろん、古いクルマである以上、注意点はある。ソフトトップ車なら、幌の破れや雨漏り、開閉不良。RHT車なら、電動ルーフ機構の点検。スポーツ走行を重ねた個体は、足やブレーキの消耗も確認したい。だが、これらをきちんと見極めれば、NCは、骨太で、長く付き合える相棒になる。「やめとけ」という声に飲まれて、この再評価の波を見送るのは、もったいない。
大きくなったことを嘆くのではなく、その剛性と余裕を、味方につける。NCの正しい乗り方は、たぶん、それだ。若い頃の自分なら、見向きもしなかったかもしれない。でも、いまの僕には、この大人びた余裕が、心地いい。クルマの見え方が変わったのは、きっと、僕自身が変わったからなのだろう。
NCをどう楽しむか──カスタムと、その立ち位置

NCは、カスタムのベースとしても、実に懐が深い。RX-8譲りの骨太なボディは、足まわりに手を入れたときの伸びしろが大きい。車高調で姿勢を引き締め、軽いホイールに替えれば、ただでさえ素直な身のこなしが、さらに研ぎ澄まされていく。NR-Aでなくとも、良質な足とタイヤを与えるだけで、このクルマは見違える。
ソフトトップ車なら、幌のコンディションは、長く乗るうえで要となる。青空駐車で傷んだ幌は、いずれ交換が必要になるが、それも含めて、オープンカーと付き合う愉しみの一部だ。RHT車なら、屋根の機構を労りながら、二つの顔を使い分ける。どちらを選んでも、自分の生活に合わせて育てていける。
歴代の中で、NCはどこに立っているのか。初代NA、二代目NBが築いた「軽さの純度」という路線から、NCは一度、大きく舵を切った。そして次の四代目NDは、ふたたび軽さへと回帰していく。つまりNCは、純粋な軽量スポーツと、現代的な快適スポーツの、ちょうど狭間に立つ一台なのだ。だからこそ、独特の余裕と落ち着きがある。歴代で唯一、2.0リッターと電動メタルトップを併せ持つ、異色の世代。その個性は、いま見ても、まったく古びていない。
軽さを突き詰めたNBが「青春」だとすれば、余裕をまとったNCは、さしずめ「大人の休日」だ。どちらが上でも下でもない。ただ、いまの自分の暮らしに、どちらの時間が似合うか。それだけのことなのだと思う。
よくある質問
NBとNC、どちらを選ぶべきですか
性格がまるで違う。軽くて、常に回して走る、純度の高い楽しさを求めるならNB。2.0リッターの分厚いトルクで、余裕をもって流す、大人びた走りを求めるならNCだ。NBは「回す歓び」、NCは「流す歓び」。歳を重ね、肩の力を抜いて付き合いたいなら、NCの余裕が、しっくりくるはずだ。
RHTと幌、どちらを選ぶべきですか
静粛性と防犯性、そして屋根を電動で開閉できる手軽さを重視するならRHT。布の幌ならではの、手で開け閉めする儀式めいた楽しさと、わずかな軽さを取るならソフトトップだ。RHTは中古でも人気が高い。ただし、RHT車は電動ルーフ機構の状態を、必ず確認しておきたい。
中古相場は?「やめとけ」と言われますか
NA・NBの高騰を受け、NCは「比較的手頃なロードスター」として再評価が進んでいる。同じ予算で、より新しく状態のいい個体が狙える点が魅力だ。「やめとけ」と言われるのは、幌やRHT機構、足まわりの消耗など、古いクルマ相応のリスクが理由。逆に言えば、そこを見極めれば、十分に長く乗れる。
NC1・NC2・NC3の違いは何ですか
NC1は二〇〇五年からの初期型。NC2は二〇〇八年末の改良型で、五角形グリルを採用し、レブリミットを七五〇〇回転に引き上げるなど走りも進化した。NC3は二〇一二年からの最終型で、デザイン変更に加え、歩行者保護のアクティブボンネットを採用している。グリルの形が、見分けの手がかりになる。
まとめ

大きくなった、重くなった、と叱られた三代目。でも、その奥には、2.0リッターの余裕と、RHTという二つの顔と、開発者の「らしさ」への執念が、確かに息づいていた。
若い頃の僕なら、軽さこそ正義だと、見向きもしなかったかもしれない。けれど、歳を重ねたいまだからこそ、この急がない速さの心地よさが、しみるように分かる。
回し続ける青春は、もう一度はできない。それでもいい。トルクに身をあずけて、夕暮れの道を、ただ流す。急がない速さも、大人には、きっとよく似合う。屋根を開けて、その大人びた余裕を、あなた自身の手で、確かめにいってほしいんだ。
執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)



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