フィットRS、復活した『R/S』の系譜──GE8・GK5・e:HEV、コンパクト・ホンダの3つの顔

ホンダ

日曜の朝、近所の細い道を歩いていると、洗車したばかりのフィットの後ろから、低くて澄んだ排気音が漏れていた。

運転席にいたのは、学生時代の走り屋仲間の一人だった。20代でAE111レビンに乗り、深夜の峠でテールランプを輝かせていた男が、いま40代に入って選んだのは、白いGE8型フィットRSの5MT。無限のサスペンションとマフラーで固められた、3オーナー目の個体だ。「家庭を持って、ランエボやインプを所有するのは現実的じゃなかった。GE8は、その制約の中で見つけた、いちばん豊かな答えだった」と彼は言った。

そのとき、僕の中で何かが小さくほどけた。フィットRSというバッジは、走り屋を「降りた」大人のために、ホンダが残してくれた小さな許しのようなものだったのかもしれない。

同志よ。コンパクトハッチに走りを求めることは、過去にしがみつくことではない。RSという二文字には、初代シビックから受け継がれた、ホンダの記憶が詰まっている。

「RS」というバッジは、初代シビックから受け継がれた


「RS」は、ホンダにとってただのグレード名ではない。1974年、初代シビックに「Road Sailing」の頭文字を冠した「RS」が登場した。当時のシビックRSは、軽量ボディと1.2L直4を組み合わせ、街と峠を軽快に駆けるスポーティ仕様として若者の支持を集めた。

そのバッジが、フィットというコンパクトカーのスポーティ系に与えられたのは、2007年10月の2代目フィット(GE8型)発売時。初代シビックRSから数えて、実に30年以上ぶりの復活だった。GAZOOがアーカイブする初代フィット(GD型、2001-2007)のスペック表をたどると、初代にはRS設定はなく、スポーティ系は「1.5S」と呼ばれていた。

ホンダにとってRSは、ブランドの記憶を呼び戻すための装置である。コンパクトカーにそのバッジを与えた瞬間、フィットは「実用ハッチ」の枠を一歩だけ踏み出した。同じ車体に同じ排気量を積んでいても、内側に持っている物語が違う──そういう種類の差別化だった。

1974年のシビックRSから、フィットへ。間に挟まる30年強の間、ホンダは「RS」というバッジを大切にしまっておいた。タイプRやインテグラのSiR、シビックのSiといった別の称号で走りを表現しながら、「RS」はあくまで一回きりの記号として残し続けた。コンパクトカーへの復活は、その慎重さの上に成立している。

GE8型RS──CVTから始まり、5MTで完成した2代目


2007年10月、2代目フィット(GE8型)とともに発売された初代RSは、エンジンにL15A型 1.5L SOHC i-VTECを搭載した。最高出力120PS/6,600rpm、最大トルク14.8kgm/4,800rpm、車重1,030kg。当初トランスミッションはCVTのみで、いまから見れば「スポーティ系を名乗るには物足りない」構成だった。

RSが本当のRSになったのは、2009年11月のマイナーチェンジで5MTが追加されたときだった。HMR(中古車店の解説記事)でも、「2009年MC以降の5MT個体こそ、GE8型RSの本来の姿」と評されている。リアブレーキディスク化、専用足回り、専用エアロパーツ。コンパクトなホンダのVTECハッチが、5MTという足を取り戻した瞬間だった。

GE8型RSは、若さの粗さと素直さが同居していた一台だ。スペックでは後継のGK5に譲るが、所有して触り続ける楽しさで負けるとは限らない。無限、モデューロ、TEIN、CUSCO──サードパーティのパーツが豊富に流通し、若年層を中心に改造ベースとして長く愛されてきた。中古市場では2026年現在、30万〜120万円のレンジ。MT個体は若干高めだが、それでも「手の届くホンダのVTEC」として、いま新規オーナーを増やし続けている。

あの白いGE8の後ろから漏れていた音は、色褪せた青いTシャツの、洗濯後のやわらかさを思わせた。新車のときよりも、何度も洗って何度も着た、いまのほうが体に馴染んでいる。クルマもそういう関係を結べる相手なのだと、彼の一台は教えてくれた。

GK5型RS──L15B直噴と6MT、「成熟した大人のRS」


2013年9月、フィットは3代目(GK系)へとフルモデルチェンジする。同時にデビューしたGK5型RSは、エンジンをL15B型 1.5L DOHC直噴 i-VTECに換装した。最高出力132PS/6,600rpm、最大トルク15.8kgm/4,600rpm。車重1,080kg。トランスミッションは6MTとCVTの2本立て。

SOHCからDOHCへ、ポート噴射から直噴へ。L15Aから見れば、二世代分の進化を一回のフルモデルチェンジで実現したエンジンだった。webCGの試乗記は、このGK5型RSを「成熟した大人のRS」と評し、Motor Fanの試乗記事は「格上を撃墜できる」と表現した。

L15Bエンジン、SOHCからDOHCへの跳躍

L15Bの面白さは、カタログスペックよりも、回転計の針が4,000を超えたあたりから現れる。低中速域は素直で、街中を流すぶんには上品な押し出しに終始するが、踏み込んだ瞬間、音色が一段低く深くなる。──ガレージの奥に置いた古い真鍮の鈴が、夕方の風に揺れて、低く澄んだ音を立てる。そういう種類の変化だった。

直噴化によって、低回転域のトルクの立ち上がりも改善された。6MTとの組み合わせで、2速から4速を使いながら峠を駆け抜けるとき、L15Bは「ターボには出せない、自然吸気だけの音域」を聞かせてくれる。

6MTという、コンパクトカーの希少な贅沢

そして、6MT。GK5型RSの6MTは、2010年代後半以降、日本のコンパクトカーカテゴリーで数少ないMT専用ホットハッチのひとつとなった。リアディスクブレーキ、専用足回り、専用エアロ、専用シート。これだけの内容が、新車時に200万円前後で買えた事実は、いま振り返ると、ひとつの贅沢だったとしか言いようがない。

4代目で一度消えたRSが、2022年に戻ってきた


2020年2月、フィットは4代目(GR系)に世代交代する。新しいフィットのグレード体系は「BASIC / HOME / NESS / CROSSTAR / LUXE」という生活提案型に再編され、RSは設定されなかった。3代目までスポーティ系の中核だったRSの系譜が、ここで一度途絶える。

Motor Fanは2020年、GK5型RSの生産終了を惜しむ記事を「また逢う日まで!?」というタイトルで掲載した。あの「!?」は、編集部にも、ホンダ自身にも、「いつかまた」という気持ちが残っていたことの証だったのだと、いまになって思う。

そして2022年10月、4代目フィットのマイナーチェンジで、RSは戻ってきた。MOTAの新型解説によれば、復活したRSはe:HEV版とガソリンNA版の2系統で、専用エアロ、専用アルミ、専用足回りを与えられた。トランスミッションはいずれもCVTで、6MTは設定されなかった。

ホンダがRSを一度棚に戻し、2年半後にもう一度取り出した。あの2年半は、コンパクトホットハッチを求める声が、メーカーに届いた時間だったのだろう。──そう、僕は思っている。

新車購入を検討する世代の動向を見ても、4代目フィットの初期グレード構成は「生活提案」に寄りすぎていたきらいがあった。家族の用途、走行モード、内装の趣味──それぞれの軸で選べる構成は理屈としては正しい。だが、その軸の中に「走り」の旗を立てた一台が抜けていたことを、ホンダ自身が後から認めたのだ。RS復活は、ある意味で軌道修正の意味合いも持っていた。

e:HEV RS──ハイブリッドのRSという、もうひとつの答え


復活したフィットRSの主役は、間違いなくe:HEV版だ。webCGの試乗記はこのe:HEV RSを「いい人でいいじゃないか」と評している。タイトルの飄々とした優しさが、このクルマの性格をよく表していた。

価格.comマガジンによれば、e:HEV RSの新車価格は234万6,300円。HOME比で17万円の上乗せに収まっている。モーター最高出力は123PS(従来比+13PS向上)、WLTCモード燃費は27.2km/L。専用ドライブモードスイッチと、ステアリングコラム上のパドルでアクセルオフ時の減速度を4段階に切り替える「減速セレクター」を備える。

e:HEV RSはモーター駆動の即時応答性に、専用足回りと専用ステアリングの操作感を上乗せした、もうひとつの『RS』の形である。(価格.comマガジンより要約)

知り合いのホンダディーラー営業が、こんな話をしてくれた。「e:HEV RSは、奥さまの説得材料がいちばん豊富なRSなんです。燃費は27km/L超、サイズは普通のフィットと同じ、装備は最新のセンシング。だけど、運転席に座って減速セレクターを動かすと、ご主人の表情が変わる。これが、e:HEV RSの売り方です」。商売っ気よりも、技術への純粋な誇りが滲んでいた。

正直に言えば、内燃機関の信奉者として、ハイブリッドのRSを素直に受け入れるまでに、少しだけ時間がかかった。VTECの音色と回転計とアクセルがひとつの呼吸でつながる感覚を、長く愛してきた人間にとって、モーターの即時応答は「速い」のではなく「別の何か」だ。だが、減速セレクターを動かしてみると、これはこれで、ひとつの作法だと認めざるを得ない。

一方、ガソリンRSはL15Z型 1.5L NA、118PSを搭載し、新車価格は195万9,100円。e:HEVとガソリンRSの差額は約39万円。「走り重視で初期コストを抑えるならガソリン、加速と燃費を両立したいならe:HEV」という棲み分けが、現行ラインナップの基本軸だ。

フィットRS 中古──GK5 6MTは、もう簡単には出てこない


そして、いま現在の中古市場の話だ。グーネット、カーセンサーの掲載個体を併せて見ると、おおむね次のような価格帯になる。

  • GE8型RS(2007〜2013):30万〜120万円。MT個体はやや高め、5MT低走行・無修復は90万円以上
  • GK5型RS(2013〜2020):100万〜250万円。6MT・低走行・無修復は新車に近い価格
  • 4代目RS / e:HEV RS(2022〜):200万〜260万円程度(年式・走行による)

都内のホットハッチ専門店の店主と、年末に話す機会があった。「GK5型RSの6MT、走行5万キロ以下の無修復個体は、入荷した瞬間に問い合わせが3件は来ます。コンパクトで6MTでホンダのVTEC、しかもターボじゃない自然吸気──この組み合わせはもう、新車では二度と買えませんから」と彼は苦笑いをしながら言った。

フィットRSは、運転席に座って、シフトレバーを握り、低い音に耳を傾けるだけで、何かと会話を始めるクルマだ。クルマと会話する──この言い回しを使うのは、僕の文章のなかで年に数えるほどしかない。だが、GK5型RSの6MTは、確かにそれを許してくれる一台だった。

後悔するかどうかは、走らせる時間と、整備記録の確認に正直に向き合うかどうかにかかっている。「6MTで遊ぶつもりが、結局通勤にしか使わなかった」となるなら、e:HEV RSのほうが満足度は高くなる。逆に、「日曜の朝、誰もいない峠を流したい」のなら、GK5の6MTを探す価値は、いまもある。

よくある質問

フィットRSのGE8型とGK5型は何が違いますか

GE8(2007-2013)はL15A 1.5L SOHC i-VTEC、120PS。当初CVTのみで、2009年MCで5MTを追加。GK5(2013-2020)はL15B 1.5L DOHC直噴 i-VTEC、132PS。新車時から6MTとCVTの2本立て。エンジンは二世代分の進化、足回り・ブレーキ・専用装備もGK5のほうが充実しています。

フィットRS GK5の6MT中古はいくらしますか

2026年現在、低走行・無修復のGK5型RS 6MTは、おおむね150〜250万円程度。新車価格200万円前後の一台が、年式と状態次第で新車に近い価格を維持する例もあります。タマ数は年々細っており、入荷即成約という個体も珍しくありません。

フィットRSは後悔しませんか

「自分の用途と乖離した選択」が後悔の主因です。走らせる時間が確保できない方はe:HEV RS(CVT)が向きます。MTで遊びたい方はGK5 6MTかGE8 5MT。整備記録と修復歴の確認を丁寧にすれば、フィットRSは長く付き合える一台です。

フィットRSのe:HEVとガソリンはどう違いますか

e:HEV RS(234万6,300円)はモーター123PS、WLTC 27.2km/L、CVT、減速セレクター4段切替を搭載。ガソリンRS(195万9,100円)はL15Z 118PS、CVT。差額は約39万円で、e:HEVは加速感と燃費の両立、ガソリンは初期コストとシンプルさが利点になります。

フィットRSの実燃費はどれくらいですか

GK5 RS 6MTの実燃費は、街乗りで14〜15km/L、高速巡航で18〜19km/Lが目安。e:HEV RSはWLTC 27.2km/Lのカタログ値に対して、実走行では20〜25km/L程度を期待できます。乗り方と路面条件で変動するため、参考値としてご確認ください。

まとめ

フィットRSは、ホンダがコンパクトカーに残し続けてきた、走りの作法の現代形だ。初代シビックから30年以上を経て、フィットというボディで蘇り、3代目で6MTのVTECとして頂点を迎え、4代目で一度静かに棚に戻された。そして2022年、e:HEVとガソリンの2系統で、もういちど戻ってきた。

GE8の若い粗さも、GK5の成熟した6MTも、e:HEV RSの新しい作法も、それぞれが別の物語を持っている。だが、フロントグリルの内側に宿っている「RS」の二文字は、同じ家系を引いている。

コンパクトに残された走りの作法は、いま誰かのガレージで、まだ静かに息をしている。──あなたのガレージには、その作法を迎え入れる余白が、まだ残っているだろうか。

執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)

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