あの目が、好きだった。
普段は眠っているくせに、スイッチを入れると、ぱかっと跳ね起きる二つの瞳。初代ロードスター、NA。あの開くヘッドライトは、走り出す前の合図のようだった。さあ、行こうか。そう囁かれている気がして、何度もスイッチを入れては、意味もなく眺めていた。学生だった僕には、とても買えなかったけれど。
だから、一九九八年。二代目、NBが姿を現したとき、正直、戸惑った。あの瞳が、消えていたのだ。リトラクタブルヘッドライトは廃止され、つるりと固定された、伏し目がちな顔になっていた。「ロードスターは終わった」。そう言う人さえいた。
けれど、それから何年も経って、僕はようやく分かった。NBは、派手な目を閉じた代わりに、走りそのもので、黙って応えてくれる世代だったのだと。今日は、その素顔のロードスター、NBの話をしよう。
リトラが消えた日──NBロードスターという素顔

NBを語るとき、避けて通れないのが、あのリトラクタブルヘッドライトの廃止だ。
なぜ、マツダはあの愛された瞳を手放したのか。理由は、一つではない。歩行者保護という、時代の安全基準の流れがあった。ボンネットから飛び出す突起物は、年々、不利になっていった。そして、あの開閉機構は、複雑で、重く、コストもかかる。鼻先の重さを少しでも削りたい、軽さを追うクルマにとって、それは無視できない重りでもあった。
つまり、リトラを捨てたのは、後ろ向きな妥協ではない。軽く、速く、まっすぐ走るための、前向きな決断だった。顔の派手さを差し出して、走りの純度を買った。そう考えると、あの伏し目がちな表情も、急に凛々しく見えてくる。
そしてNBの現役時代、ロードスターは一つの金字塔を打ち立てている。二〇〇〇年五月、「二人乗り小型オープンスポーツカー」の生産累計世界一として、ギネス世界記録に認定されたのだ。当時の台数、五十三万台あまり。マツダの公式リリースにも、その後、九十万台、百万台へと記録を更新し続けた歩みが残されている。世界一売れた、小さなオープンスポーツ。その栄光のど真ん中に、NBはいた。
派手な瞳を閉じた代わりに、世界中の人々が、この素直なクルマを選び続けた。見た目の華やかさではなく、走る歓びそのものが、評価された証だ。NBは、地味になったのではない。本質だけで勝負する世代に、生まれ変わったのだ。
NB6CとNB8C──軽さという、ただ一つの正義

NBには、大きく二つの心臓がある。型式で言えば、NB6CとNB8Cだ。
NB6Cは、1.6リッターのB6-ZE型エンジンを積む。最高出力は125馬力。NB8Cは、1.8リッターのBP-ZE型で、当初は145馬力。初代NAの1.8が130馬力だったから、二代目で着実に出力を上げてきた。だが、このクルマの本質は、馬力の数字の中には、ない。
車重は、グレードにもよるが、おおむね一トンそこそこ。軽い。とにかく、軽い。この軽さこそが、ロードスターという思想の、ただ一つの正義だ。
軽いということは、すべての動きが正直になる、ということだ。アクセルを踏めば素直に進み、ブレーキを踏めば素直に止まり、ステアリングを切れば、鼻先がすっと内側へ入っていく。余計な重さが、ドライバーの意思を鈍らせない。だから、自分の操作と、クルマの動きが、ぴたりと重なる。その一致が、たまらなく気持ちいい。
幌を開けて走り出せば、五感が一気に開く。頬を打つ風。流れていく街路樹の匂い。トンネルに入った瞬間に響く、エンジンの反響。屋根があるクルマでは、決して味わえない情報量が、全身に流れ込んでくる。速度は、たいして出ていない。けれど、体感する刺激は、何倍も濃い。軽さと、開放感。この二つが掛け合わさったとき、ロードスターは、排気量の数字をはるかに超えた歓びを生む。
数字の上では、決して速いクルマではない。だが、遅さを退屈に感じさせない。むしろ、ゆっくり走ることすら楽しい。そんな稀有な才能を、この軽い車体は持っている。近所の見慣れた道が、屋根を開けただけで、まるで旅の途中の一本道に変わる。信号待ちで見上げる空の色や、夕暮れに変わっていく光の温度まで、運転の一部になる。馬力では決して買えない豊かさが、たしかにここにある。
NBロードスター 前期(NB1)と後期(NB2)で、何が変わったのか

中古でNBを探すとき、必ず突き当たるのが、前期と後期の違いだ。
節目は、二〇〇〇年七月のマイナーチェンジ。これ以前を前期、通称NB1、これ以降を後期、NB2と呼ぶ。見分けるポイントは、いくつかある。
まず、ヘッドライト。前期は一体型のレンズだったものが、後期ではロービームとハイビームが分かれた形状になった。メーターの文字盤の色味も変わり、後期は白系の表情になる。中古の現車を前にしたら、まずこのあたりを確認するといい。
そして、中身の進化が大きい。後期NB2では、1.8リッターのエンジンに連続可変バルブタイミング、いわゆるVVTが投入された。型式もBP-VEへと進化し、出力は145馬力から、160馬力へと引き上げられた。同時に、燃料はハイオク指定になる。ボディ剛性も上がり、サスペンションやブレーキも強化された。前期と後期は、見た目以上に、走りの素性が違うのだ。
ここで、一つだけ注意してほしい。このNB世代の中でのマイナーチェンジは、あくまでライトの「形」が変わった話だ。リトラクタブルライトの廃止は、その前、NAからNBへの世代交代のときの出来事。NB世代は、最初から固定式のライトを持っている。中古情報を読むときに、ここを混同すると、訳が分からなくなる。覚えておいてほしい。
6速MTと、回し続ける歓び

NBには、もう一つ、見逃せない進化があった。6速MTの追加だ。
初代NAは、5速MTが基本だった。NBでは、1.8リッターの上級グレードやRS系に、6速が与えられた。たった一段。されど、一段。この一段が、回して走る歓びを、確かに深くした。
とりわけ、後期NB2のRS。ビルシュタインのダンパー、トルセンのLSD、引き締められた専用の足。VVTで上まで気持ちよく伸びるBP-VEエンジンを、6速のクロスしたギアで、刻むように回していく。二速、三速、そして、もう一段ある、という贅沢。タコメーターの針が上を目指すたび、エンジンの声が高くなり、背中が、わずかに張り付く。
このクルマには、ドライバーを過保護に守る電子制御が、ほとんどない。横滑りを防ぐ装置も、当時としては最小限だ。つまり、下手な操作は、下手なまま、クルマが正直に教えてくれる。試乗をさせてくれた後期RS乗りの友人が、降りたあと、静かにこう言った。
電子制御に守られてないクルマって、自分の下手さも全部教えてくれるんだ。だから、上手くなる。クルマと、ちゃんと向き合わされるんだよ。
耳が痛い言葉だ。だが、その通りだと思う。失敗を肩代わりしてくれない相棒は、手強い。けれど、その手強さと向き合った先にしか、本物の上達と、本物の達成感はない。NBは、運転というものの、いちばん純粋な部分を、いまも僕らに突きつけてくる。
幻のターボと、マツダスピードという狂気

軽さと素直さを身上とするロードスターに、一度だけ、過給機という牙が与えられた世代がある。それが、NBだ。
二〇〇四年二月、限定三五〇台で「ロードスター ターボ」が発売される。1800のRSをベースに、BP-ZET型ターボエンジンを搭載。出力は172馬力、トルクは21.3kgmにまで高められた。ビルシュタイン、強化されたクラッチとトランスミッション、トルセンLSD。マツダ純正で、ロードスターにターボが載った、唯一の世代。Web Motor Magazineの記事が、その貴重な一台を詳しく振り返っている。
ここで、よく混同される一台がある。「マツダスピード ロードスター」だ。こちらは二〇〇一年に登場した、限定二〇〇台のモデル。RSをベースに、専用のエアロ、専用の排気、専用の足を奢った特別仕様だが、エンジンは自然吸気のまま。ターボの三五〇台と、マツダスピードの二〇〇台。台数も、エンジンも、まったくの別物だ。中古情報では、この二台がしばしば混ざって語られる。狙うなら、台数とエンジン形式で、きちんと見極めてほしい。
NBから三代目NCにかけて、開発の主査を務めたのは、ミスター・ロードスターと呼ばれた貴島孝雄氏だった。トラックの設計から出発した、根っからの技術屋。彼が守り、磨き続けた「人馬一体」という思想が、これらの特別な一台にも、確かに息づいている。馬力を上げても、軽さと、操る歓びという芯だけは、絶対に手放さない。その頑固さが、ロードスターをロードスターたらしめてきた。
なぜいま、NBロードスターは値上がりしているのか

かつて、NBは「手頃なライトウェイトFR」の代名詞だった。若者が、はじめてのスポーツカーとして手を伸ばせる、数少ない一台。だが、その風景は、いま大きく変わりつつある。
初代NAの中古相場が、ここ数年で大きく高騰した。状態のいい個体は、もはや気軽に買える値段ではない。その波を追うように、二代目NBが「狙い目」として、静かに値を上げている。JAF Mateの記事も、NBをNAからの正常進化として、改めて高く評価している。
相場の目安を言えば、AT車なら総額三十万円台から、MT車なら五十万円台から、というあたり。だが、状態を求めれば、七十万、八十万と上がり、極上のMTなら二百万円を超える個体すら現れ始めた。良質なタマは、確実に減っている。買うなら、今。そう言われるのも、決して大げさではない。
ただし、古いオープンカーには、年式なりの覚悟もいる。馴染みの整備工場のベテランが、こんなことを言っていた。
NBで雨漏りするって持ち込まれるクルマの大半は、幌じゃなくて排水路の詰まりなんだ。落ち葉一枚で、水の逃げ場がなくなる。要は、ちゃんと面倒を見てやれてるかどうか。手のかかる相棒ほど、可愛いんだよ。
幌の劣化や破れ、リアの透明窓の白化。雨漏り。下回りの錆。ゴムやブッシュ類の経年劣化。チェックすべき点は、確かに少なくない。融雪剤をまく地域で過ごした個体なら、錆はとりわけ念入りに見ておきたい。だが、それらは「やめておけ」という理由ではない。手をかけ、面倒を見てやれば、いつまでも応えてくれる。そういう相棒だ、という話なのだ。手のかかるものほど、愛おしい。クルマも、人も、きっと同じなのだろう。手を入れた分だけ、このクルマは長く、深く、応えてくれる。
ハードトップ、カスタム、そしてNBという立ち位置

NBの楽しみは、走りだけにとどまらない。寒い季節には、脱着式のハードトップを載せる。布の幌とは別世界の静けさと剛性感。屋根を替えるだけで、まるで二台のクルマを乗り分けているような、ちょっとした贅沢が味わえる。春になれば外して、また風の中へ。季節と共に、顔つきを変えていく相棒なのだ。
カスタムの世界も奥深い。社外のエアロやオーバーフェンダーで、ぐっと攻めた表情にする人もいれば、車高調で姿勢を決め、軽いホイールに替えて、足の動きをさらに研ぎ澄ます人もいる。NBは、いじりやすく、パーツも豊富だ。ただ、僕は思う。このクルマは、素のままでも、もう十分に完成されている。だからこそ、足から少しずつ、自分の体に馴染ませていくのがいい。
そして、NBの立ち位置を、もう一度確かめておきたい。この後に登場する三代目NCは、2.0リッターへと排気量を上げ、ボディも大きくなり、大人びた余裕の走りを手に入れた。それはそれで、見事な進化だった。だが、NBには、NCにはない「研ぎ澄まされた軽さ」がある。常に回し続けないと前に進まない、あの忙しなさすら、愛おしい。余裕ではなく、純度。それが、NBという世代の、譲れない個性なのだ。
大きく、速く、快適に。クルマの進化は、たいていその方向へ進む。だが、NBは、軽く、素直に、正直に、という別の価値を、いまも静かに守り続けている。だからこそ、時代が一周したいま、この素顔のロードスターが、もう一度まぶしく見えるのだろう。
よくある質問

NAとNB、どちらを選ぶべきですか
あの開くリトラクタブルライトの愛嬌に惚れるならNA。固定ライトの素顔と、後期で160馬力まで高められた走りの完成度を取るならNBだ。NAの相場が高騰したいま、状態と価格のバランスでは、NBに分がある。軽さと人馬一体という芯は、どちらも同じ。最後は、あの顔を好きになれるかどうか、だと思う。
前期と後期の見分け方は
分かりやすいのはヘッドライトだ。前期(NB1)は一体型レンズ、後期(NB2)はロービームとハイビームが分かれた形状になる。メーターの文字盤の色味も手がかりになる。中身では、後期の1.8がVVT付きのBP-VEとなり160馬力にパワーアップ、ハイオク指定になっている点が大きな違いだ。
NBは値上がりしていますか。買うなら今ですか
値上がり傾向にある。初代NAの高騰を追う形で、NBの良質な個体も価格を上げている。タマ数が潤沢なうちに、状態のいいMTを押さえておきたい、という意味では「今」が一つの目安だ。ただし相場は変動するので、複数の中古車サイトで、こまめに確認してほしい。
中古で買うときの注意点は
オープンカー特有の点に注意したい。幌の破れや劣化、リアガラスの白化、そして雨漏り。雨漏りの多くは、幌そのものより排水路の詰まりが原因だ。加えて、下回りの錆や、ゴム・ブッシュ類の経年劣化も確認したい。古いクルマを扱い慣れた専門店で、整備履歴を見ながら選ぶのが、後悔しない近道になる。
まとめ

派手な瞳を閉じた代わりに、走りそのもので応えてくれる。軽くて、素直で、回せば回すほど、運転が上手くなった気がする。電子制御に頼らない、いちばん正直なロードスター。
学生の頃、あの開く目に憧れて、買えなかった僕は、もう、いい大人になった。皮肉なことに、いまなら手が届く。NBが、静かに値を上げ始めた、ぎりぎりのいま。
幌を開けて、風の中へ。あの伏し目がちな顔は、きっと、走り出した瞬間にだけ見せる、本気の表情を持っている。あなたにも、それを確かめてほしいんだ。
執筆:橘 譲二(たちばな・じょうじ)



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